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立派な「悪」を描くために、あなたが自分に問いかけるべき3つの質問

「悪とは何か」という考察が足りない作品は、早い段階で読者に飽きられるし、作り手にとっても長くは楽しめないもの。あなたは一刻も早く「それじゃあ、魅力的な悪って何なんだろう?」と自分に問いかける必要がある。

あらすじドットコムの目標は「面白い物語を最後まで作りきる」ことです。

あらすじドットコムが考えるエンターテインメント・ストーリーの本質は「人生が生きるに値するものであると伝える」ことです。

そして、あらすじドットコムにおける物語創作の最低条件は、以下の3点を満足させることです。

(1)ある欠落感が動機になった『主人公の目的』を設定する
(2)主人公の邪魔をする『敵(障害物)』と対立させる
(3)主人公を変化(成長・堕落)させる

さらにかいつまむと。

●欠落感
●対立
●変化

この3つが基本です。

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「目的を追う主人公が、邪魔をする敵と戦い、変化(成長・堕落)する」

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つまり、失った大切なものを取り戻そうとする主人公は、邪魔をする人物や障害物と対立し競い合う中で、その意識を大きく変容させる。これが、ぴこ山ぴこ蔵が考える「面白い物語の基本形」です。

ここでいう面白い物語とは『純文学』のことではありません。消費と蕩尽を目的にした娯楽的なストーリーのことを指します。その目的は読者にカタルシスを与えることと、その人生の意義を肯定し、気持ちを上向きにしてもらうことです。

そのためには「誰が何のために何をしている物語なのか」が読者に分かりやすく伝わらないと困ります。したがって上記の3つのポイントをしっかり構築していないと、登場人物の行動に説得力がなくなってしまいます。

特に気をつけたいのが「敵」の取り扱いです。「敵」は、強くて、大きくて、残虐で、できればユニークで悪意に満ちていてほしいものです。ところが、よく目にするのが“主人公と敵を1セットで考えている設定”です。

「遙かな昔からそういう宿命であった」とか、「戦時中という設定だから」とか、「対立する組織だから」という、対立理由の曖昧な敵がけっこう多いのです。まずはとりあえず「敵という設定ありき」で始めており、その対立の根拠を明確にしていないんですね。

スポーツ根性ものなら『くじ引きで決まった対戦相手』というだけでも成立しそうなものです。しかし、実際にはやはりそれだけでは物足りません。そこでライバルの身の上や逸話を素材にして『主人公との対立軸』をなんとか設定することになります。

ライバルとの葛藤。そのほとんどは思想・信条の対立です。お互いに受け入れられない生き方をしているわけです。そして、そういうものは『悪』と呼ばれます。

敵には『悪』であってほしい。例え善人であっても、敵ならば小さな悪を身にまとっていてほしい。そこに葛藤があり、ドラマが生まれ、『悪』の定義が変化するのに伴って主人公が成長することもあります。

あなたの物語に登場する『悪』は、絶対的なものであれ、相対的な概念であれ、主人公と真っ向から対立するものです。つまり、悪を語ることは主人公の思想・信条を語ることと同義なのです。ということは、悪の深さや説得力の有無によって、逆に主人公の魅力や読者からの共感の度合いが変わるというわけです。

立派な悪を生み出すための3つの質問

最近の特撮ヒーローものは錯綜する複雑な人間関係が前提です。「世界を征服するのだ! うはははは!」というのどかな野望だけではもはや誰も納得しない時代なのであります。悪者にも何らかの正当な理由があって、それを満足させようとして悪事を働かないと読者や視聴者が共感できません。悪人にも「何かを成し遂げたい」という切羽詰まった強い気持ちがなければ、読者を説得できるような大それた悪事を働くことは出来ないということですね。

《質問1》 悪事の動機は何ですか?

「悪役がステレオタイプになってしまうんだけど……」そんなお悩みをよく聞きます。

悪こそは物語の華です。その華には毒ももちろんありますが読者の心を惹きつけて止まない蜜もたっぷり含まれています。そして、そんな「悪役」の多くは、主人公の対立軸である「敵役」となるべき宿命です。

敵なくして対立軸はなく、対立がなければ面白みもないわけですから、あだやおろそかにしてはなりません。

このあたりのことは下記の記事をお読みください。

「悪」についてわしも考えた

ところがそんな重要な、敵となるべき登場人物の悪の動機を、どうせ悪党だからこんなものだろうと「富」や「権力」にしてしまうことがあります。しかし、よく考えると「富」や「権力」というのは『目的』を果たすための手段であり、最終目標ではないはずですよね。

金が欲しい、力が欲しい、というのはごく原始的な発想であり、それだけでは小さな犯罪を犯す程度の動機にしかならないわけです。

それでは途中で「悪」のエネルギーが足りなくなります。話の半ばで力尽きてひからびた悪党ほど痛ましい存在はありません。なにしろ全然怖くないので読者から無視されてしまうのです。だから無理やり別の悪人を登場させたりして悪あがきし、ストーリーがぼろぼろになってしまうのです。

ただ単に「世界制覇を企む秘密結社」や「金が欲しくてたまらない犯罪王」、「とにかく変態」などというのでは今どき誰も納得しないのであります。「倒すために設定された敵」というのはすぐに見透かされるものです。なぜならそこに真実の悪がないからであります。『最強のヒーロー』を描きたいのであれば、敵方にもそれに見合うだけの巨大な悪の理論が存在しなければなりません。

さあ、あなたの物語の悪役の動機は何か、教えてください。

《質問2》 あなたの最大の『欲望』は何ですか?

エンターテインメントなんですから、何はともあれ、衆目をびっくりさせなきゃいけません。よくある話じゃ誰も読んではくれません。それではどうすればいいのでしょうか? どうすれば読者が納得できて、しかもびっくりする凄い『悪』を作り出せるのでしょうか?

毎日毎日、新聞やニュースを集めて、悪のドキュメンタリーを探す? 大事なことですけど、それだけではありません。

悪はそれだけで存在するわけではありません。人間が行うから悪事なのです。そして、わが身を振り返って考えてみると、最大の問題は、悪いとわかっていてもつい悪事を働いてしまう自分の中にあるのです。

それではなぜ、人間はそんな無責任なことをするのか?

それには「欲望」が大きく関係しています。欲望は常に自分の中に蠢いているはずです。

詳しくは下記の『基礎講座』をお読みください。

物語を突き動かす「悪」の動機~悪を生み出す6つの「欲望」とは?

あなたの欲望のうちで最大のものは何ですか?
欲求と混同しないように気をつけてお答えください。

《質問3》 あなた自身の『欠落感』は何ですか?

さて、そんな欲望を生み出すのは「まだ何か大事なものが足りないよ」という偽りの警報です。あなたの心にぽっかりと空いた空洞を、他人の幸福を模倣することでなんとか埋めようとする淋しさの衝動です。

つまり『欲望』とはあなたの内部に潜む『欠落感』なのであります。『悪』を目に見えるように具体化し、あなたの物語における「敵」を魅力的にするためには、この『欠落感』は何かを自分に問いかけることが早道です。

さらに、その欠落感をどうやって表現するかを考えてみましょう。欠落の寂しさを埋めるためにあなたは何をしますか?

欠落感については『基礎講座』でも述べております。

主人公の目的を決めるなら「欠落感」を探せ!

なぜ金が欲しいのか? なぜ権力を手に入れたいのか? そこにはもう一段階深いレベルの感覚があるはずです。それを表現しきれないと「よくある話」になってしまいます。登場人物がリスクを犯しながらも犯罪や悪事に手を染める時、彼らはどんな『欠落感』に突き動かされているのでしょうか?

あなた自身の欠落感について語ることによって、悪のバックストーリーが見えてくるはずです。
それでは「立派な悪を作るための」以上の3つの質問を、もう一度まとめておきます。

《質問1》 悪事の動機は何ですか
《質問2》 あなたの最大の『欲望』は何ですか?
《質問3》 あなた自身の『欠落感』は何ですか?

21世紀になっても世界は一向に平和にならず、むしろ次々に激しい対立や変化が起きています。こんな緊迫した時代だからこそ、自分の行く道をしっかり見定めて、規模の大小に関わらず、一つ一つの問題に回答していきましょう。

物語を作るということは、人生を彩る全ての謎にあなたならではの「答え」を出すということなのです。

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「悪」についてわしも考えた

今さらながらですが、ジャック・ヒギンズの名作「鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)」には痺れました。(小説の方です。映画はあまり感心しません)

第二次大戦末期、形勢が悪くなってきたナチスが一発逆転の秘策として企んだ「チャーチル誘拐」。そのために選ばれた男たちが挑む驚愕の作戦の内容とは?!

これが単なる戦争の与太話で終わらないのは中心人物である二人の男のキャラクターが非常に生き生きしていて魅力的だからです。

戦場という緊迫感や恐怖感に満ちた設定では、やれ銃撃だ爆発だと、派手で描きやすい舞台や状況の描写にばかり走ってしまい、キャラが平板になってしまいがちです。ところが「鷲は舞いおりた」をはじめ、「大脱走」とか「マーフィーの戦い」でもそうですが、傑作はキャラクターの立て方が素晴らしい。とくに登場シーンのエピソードは非常に重要です。作者は、主人公のカッコ良さよりも、むしろその苦境や欠点を描くことに苦心しているように見えます。

それはそうです。主人公の魅力というのは、見た目の良さや由緒ある血統や、強大な権力の後ろ盾などではありません。何よりもまず、読者が共感する人間でなければなりません。人間として好きにならずにはいられないような主人公でなければ誰も興味を持ってはくれないわけです。

そんな「人間臭さ」という魅力を登場人物に持たせるために今夜はじっくり『悪』について考えてみましょう。(昼間に読んでいる人ごめんなさいね。言葉の勢いですじゃ)

「対立軸」が足りない

ぴこ山ぴこ蔵へのメールでいちばん多い悩みが「私の作品は今ひとつ面白くない」というものです。そして、作者自身がそんなふうに感じている作品の多くには、とてもはっきりした共通の特徴があります。

一つは「対立軸が不明確」であることです。

そもそもドラマとは、葛藤であり、対立です。特にエンターテインメントでは派手なケンカを起こさなければなりません。何もこれはヤクザ映画とか番長モノとかに限ったことではありません。スポーツものでは試合そのものが対戦相手とのケンカみたいなものですし、同じチーム内での確執やぶつかり合いも必須要素です。

アルプスの少女ではハイジがロッテンマイヤーさんと対立しますし、天才バカボンではパパと目ん玉つながりのおまわりさんが衝突します。緊張感を呼び覚まし、ストーリーに求心力を生み出すためには、何よりも「対立しあうもの」が必要なのです。

物語の中で反発しあい、対立し、ケンカする2つの極。言ってみれば、対戦の組み合わせです。プロレスやボクシングのマッチメークみたいなもんですな。

自分の作品がどうもピリッとしない、と思う人は「主人公」と対立するしっかりした「敵」がいるかどうかをチェックしてみてください。「対立軸」は他人とばかり決まったわけではありませんぞ。主人公の心の中の「正義」と「悪」だったりすることもあります。具体的であれ抽象的であれ、それらははげしく衝突し戦います。

メインのストーリーラインは、単純なようですが、この『対立とその決着』がテーマででないとあんまり面白くなりません。ところが、初心者の物語ではこの「対立しあう関係」がうまく描かれていないことが多いのです。

例えば、簡単に言うと「悪人」が出てこない。主人公の周りの登場人物は全員いい人ばかりで、みんなが善意で行動するために、事件らしい事件が起こらないのです。あるいは、「必要悪」とか「しかたがない流れ」とかで処理されがちで、あまりその「悪」についての深いツッコミが入りません。

嫌な感じの人はけっこう出てくるものの、なぜその人が嫌な感じなのかについては深い考察がなされません。せっかくそこに「悪」の存在があるにも関わらず作者が目を瞑って避けていくようなケースが多いわけです。

もったいないことであります。あなたの作品に「悪」は登場していますか? そしてその「悪」はきっちり本質が追究され、物語に現実感を与え、面白さに貢献できていますか? もう一度、よくチェックしてみてください。

「悪」について語れ!

「悪」とは何か、という問いかけに対する答えに深みがない。これが「物語が面白くならない」もう一つの理由です。悪を描きましょう。悪こそは物語の華であります。これを描くからこそ楽しいのです。悪人を描かないのは、物語を面白くするチャンスをみすみすドブに捨てているようなものです。

これはどうも無意識のうちに、私たちが日常生活を無難に送るために身に付けてしまった「空気を読んじゃう癖」が出てしまうものと思われます(笑) 空気なんか読まないでいいので、思いきって「極悪人」を登場させてください。

善人ばかりではドラマが生まれないのです。ここは「悪」のパワーを全開にしてストーリーを前進させるためのアクセルを踏み込みましょう!

ある程度ストーリーを書き慣れて来ると「善良さ」が結果的にもたらす「悪」みたいなテーマが描けるようになってきますが、最初の頃はなかなか難しいと思います。普通の人間にとって最も分かりやすい敵は「悪人」や「犯罪者」ですから、話を面白くしようと思ったら、そういう奴をどんどん登場させればいいのです。

ただし、ここで気をつけたいのが「犯罪者だから悪人」という素朴な割り切りをしないことです。犯罪イコール悪、という決め付けをしてしまうとキャラがそれ以上深まりません。作り手がそこで思考を停止するからです。

物語で言う「悪」が発生する瞬間というのは法律に触れた時ではありません。「恐怖や欲望に負けた」時のことです。法に触れることは(「障害」を生むきっかけではありますが)物語で描かれるべき「悪」の本質とはほとんど関係がないのです。

「悪」とは何か、というのは非常に深くて大きな問題ですから描くときには正論に囚われないこと。そうしないとせっかくの「悪」が色褪せます。「対立軸」が平凡で退屈なモノになってしまうのです。

映画「SAW」の問題点とは?

悪についてもう少し。「ソウ (字幕版)」という映画を見ました。構成も非常に練られていますしどんでん返しにもびっくりするわけですが惜しむらくはやはり「悪」の取り扱いであります。

「SAW」というのは基本的にはかなり面白い作品で、ぜひ実際にご覧になっていただいた上でじっくり分析してもらいたいのでネタばれしないように慎重に語りますけど(笑)

この映画の真犯人は、悪に目覚めた瞬間の喜びや、「人間は悪事を働く時が何よりも楽しい」というダークサイドからのメッセージを語るべきではなかったかと思います。そうすることによって悪を正面から捕らえて、「悪とは何か?」という深い部分に一歩踏み込めたのに。

本当の悪には喜びが付きまとうものではないでしょうか? だからこれだけ世の中に悪がはびこるのです。悪事は楽しいのです。わしは「SAW」に、そのあたりをもっと追求して欲しかった。

これだけよく出来た映画なのに最後まで見たときになぜか二流感が漂う「SAW」。せっかく登場させた最高の「悪」を追求しきれず、未消化な状態のままで終わってしまった印象があります。

ここにあるのは切羽詰った犯罪ではありません。「SAW」の犯人は明らかに残虐な仕掛けを楽しんでいる。
人が苦しんでいるのを見て楽しんでいるわけであります。

良い「悪」とは、それを目にした瞬間、腹の底から恐怖感がこみ上げてくるものでなければなりません。「SAW」が面白いのはそこに「悪意」の存在があるから。理解不能な快楽があり、それに対する恐怖があるからなのです。それを指摘する一言が登場人物にあればよかった。

犯人がやっていることには悪への喜びがある。自分を正当化しているが、実は楽しんでやっていることが伝わってくる。だから許せないのだ、と。

「悪事を働く喜び」に対する嫌悪と恐怖。その恐怖感さえあれば「SAW」は完璧だったのにな、と思いましたのじゃ。

決して他人事ではありませんぞ。翻って、自分の作品の『悪』に足りないものは何かを常に考え抜きましょう。

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物語を突き動かす「悪」の動機~悪を生み出す6つの「欲望」とは?

物語の登場人物が行う全ての行動には理由があります。中でも特に重要なのが「悪事」とその動機。

「善なるもの」ばかりを書いていても「面白い物語」にはなり得ません。エンタテインメントにおいては「悪事」は華その「悪」を生み出すものは「欲望」です。強い欲望こそがストーリーに命を与え、前に進める推進力を生み出します。

そこでこの講座では、その「欲望」を解明するために、「欲望」が人の心に忍び込むための隠れ蓑として利用する「人間の欲求」についてまず考えます。
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