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ちょっとユニークな往還記を読みたいなら『航路』

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コニー・ウィリスの『航路』は、一生を彩るさまざまな旅の中でも、最後の最期に行くことになる最長の旅行である「死出の旅」をテーマにした小説です。

SFなので亡者が地獄めぐりをする話ではありません。アプローチはあくまでも科学的。素材として使われるのは『臨死体験』です。

ヒロインは認知心理学者のジョアンナ。NDE(臨死体験)の原因と働きを科学的に解明するべく、小児科から緊急救命室まで、迷路のような大病院を駆け回ります。

臨死体験は主観的な経験なので、体験者の記憶がどんどん変容してしまうため、聞き取り調査は急がなければならないのです。

しかし、その病院で臨死体験した患者たちはいずれ劣らぬ変わり者ばかり。なかなか有意義なサンプルデータが取れないため、このプロジェクト事態の存続が危うくなります。

そこで出会ったのが、臨死体験を再現できる薬物を発見したドクター。ジョアンナは彼と協力して、自らが臨死体験をすることになります。

ところが、思いもかけないことに、彼女の意識が体外離脱状態で訪れた場所は、なんとあの有名な……。

分厚い上下巻の大長編にも関わらず、面白くて一気に読みきってしまいました。何を書いても面白いコニー・ウィリスだけに、この作品も見事な構成になっています。

ごりごりのSFというよりも、ある意味でミステリー仕立てでもあり、あっと驚くサプライズとユーモアにあふれていて、大人の知的好奇心を充分に満たしてくれます。

ただ、この『航路』のクライマックスには、もっとスケールの大きな感動が用意されているのです。

twitterで見つけたある感想をご紹介することで(許可済み)、この作品のご案内に代えさせていただこうと思います。

「数年前、癌になった。以来「死」についてよく考えるようになった。コニー・ウィリスの『航路』は臨死体験を巡る物語。これを読んで「死とは新しい体験であり、究極の冒険なのではないか」と思った。それから正体不明の恐怖が消えた。闇に怯えず過ごせる人生は素晴らしい。この本とSFに感謝している。」

全くもって人生とは、いつ何が起こるか分からないものです。ぴこ蔵にしたって、いよいよ漂泊の想いが捨てがたくなり、ある日突然あなたの街に姿を現すこともあるかもしれません。その時はひとつよろしくお願いします。なんのこっちゃ。

『航路』(上下巻) (ハヤカワ文庫SF)
コニー ウィリス (著), 大森 望 (翻訳)

 

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『AKIRA』の対立軸、『百鬼夜行抄』の切り札 など

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「やっぱり名人の手になる作品は違うなあ」とつくづく思った漫画を2つご案内します。

1つは超メジャー・大友克洋の『AKIRA』(講談社)、もう一つは今市子の『百鬼夜行抄』(朝日ソノラマ)です。

『AKIRA』 ~対立というエンジンに注ぐ燃料は何か?

私がコピーライターになりたての頃、『AKIRA』の単行本が発売されました。

私はそのラジオCMを作るという僥倖に恵まれ、それまで一番好きだった漫画である『童夢』をもしのぐ迫力とスピード感を客観的に伝えるすべを模索しました。

学生の頃から大友作品の大ファンだった私は、大好きなキャラクターたちへの感情移入を涙ながらに抑制しつつストーリーの論理的な構造を冷静かつ客観的に掴むというある意味で非常に責任重大な仕事をすることになりました。

光栄至極でしたが、正直ビビリました。俺なんかがやっていいのか?

そして、あれから30年近くが経過し、詳細な記憶が薄れた今、やっと再読することが出来た大友克洋の『AKIRA』の重力にあらためて完全にノックアウトされてしまいました。当然ですけど。

なんといっても、世界がこれだけ激変したというのに、『AKIRA』からは未来予知的な衝撃が全く失われていない。これには本当に驚きました。

いや、むしろ、世界は間違いなくAKIRA化しているのを肌で感じました。

いろんなものに追い詰められ、頼りのシステムにはひびが入り、確実なものなんてマジでどこにもないと自覚した今、私たちはもう一度、自分のことは自分で決めるというあまりにも基本的な自由について学び直しているのかもしれません。

さて、個人的な感想はともかく、自分の中での今回の読み直しのテーマは「対立軸」でした。

今さらながら感じたのは、『AKIRA』は登場人物同士のゼロサムゲーム的な対立関係が物語の疾走感を作り出しているということです。

アキラの秘密を追う鉄雄、その鉄雄を追う金田、アキラの覚醒を阻止しようとする大佐、軍事研究所が生み出した超能力者たち、そんな権力からアキラを奪おうとする都市ゲリラ……。

ほぼ全員が対立し、三つ巴、四つ巴になりながらゴールまで一瞬も休み無しに駆け抜けます。

しかもその複雑な人間関係に、きちんと変化が生じ、謎が投げかけられ、またそれが解き明かされるのです。

それはまさにこの強力な対立関係によって連鎖するアクションに次ぐアクションがあってこそなのだと痛感しました。

今さら紹介するというレベルの作品ではありませんが、もしも未読の方は必ずお読みください。

大友克洋といえばその圧倒的な画力に目を奪われがちですが、実はそのストーリーの緻密さ、構成の妙、視点変更のダイナミズムは、全てしっかりとした「対立軸」からの要請によって生じています。

コマとコマとをつなぐものとは何か? 何が登場人物を突き動かしているのか? ぜひともその目で確かめてください。

大東京帝国AKIRA万歳!

『AKIRA』(大友克洋/講談社)

『百鬼夜行抄』 ~朧ろな世界に投入される大胆な切り札とは?

そしてもう一つ、今市子の『百鬼夜行抄』は、『AKIRA』とは対照的に、非常に狭くて小さな舞台で演じられる「能」のような作品です。

ビジュアルの印象から述べますと、妖怪ものだけあってかなりの部分が一軒の家の中で終結する作品が多く、そのほとんどは日本家屋です。

日本文化の持つデザインや生活様式から湧き出して、じめじめとまとわりついてくる霊気は独特の湿度を放ち、水場のように物の怪どもを惹きつけるのでありましょう。

この泉から汲まれる水の柔らかさが尋常のものではありません。

廊下や部屋の片隅のちょっとした暗がりは魔界の闇へと直結しており、読者の意識の下に潜んでいる民俗的な記憶が、その水脈を通ってちょろりちょろりと流れ出しているかのようです。

ところが、そんな幽玄な空間で繰り広げられるドラマには、なんとがっちりと「どんでん返し」が仕掛けられております。

そして、その突然の暗転がもたらす混乱はクライマックスに投入される「切り札」の一撃によって鮮やかに、しかしまるで悪夢からの目覚めのように、怖ろしくも不思議に懐かしい感覚を残しながら収束します。

特筆すべきはこの「切り札」の紛れ込ませ方です。

まさしく日常に溶け込んだ妖かしのように何気なく、静かに、しかし微かな違和感を醸し出しながら私たちはいつの間にかその「存在」を見ています。

見過ごしている、と言ってもいいのでしょう。だから切り札が切られたとき、非常にびっくりします。さすがは妖怪のお話なのであります。

どんでん返しの意外性、切り札の見過ごさせっぷり。振り幅の大きさが、読みきり1話70ページという分量を支えるだけの濃厚なストーリーを構成するポイントになっています。

当代きっての「型」使いの名手・今市子によって織り上げられた、1話1話がハリウッドで映画化されてもおかしくないほどの、非常に完成度の高い構成を持っているこの『百鬼夜行抄』。

漫画家や原作者、編集者を志すのであれば、必ず読んでおくべき作品です。ほーれ、そこにも何者かの放った式神が……。

『百鬼夜行抄』(今市子/朝日ソノラマ)

 

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怖い話

怖い話が書けなければ他のジャンルもまず無理だという怖い話

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ホラー小説の世界は広大である。単なる絶叫スプラッタや学校の幽霊譚ばかりを想像していると人生の大きな喜びを逸する。本物の恐怖とはあなたの想像力そのものなのだ。

こんなご質問をいただきました。

最近、ホラーというジャンルに興味が湧いてきました。ですが今まであまり挑戦してこなかったジャンルなので、知識がそれほどありません。ホラーのどんでん返しタイプは、全てのタイプで応用できますか?? スティーブンキングなどの小説も読んだ事がないので読みたいのですが、もしよろしければ強力なオススメを教えて頂けないでしょうか?

実はですね、ホラーというのは、ラブストーリーと並んで『どんでん返し』がなくても面白くなってしまう困ったジャンルなのです。

もちろんぴこ蔵流どんでん返しは全タイプ使えますけど、やはりホラーの醍醐味というのは『次の角を曲がったら何かが待ち伏せしている』みたいな、問答無用の『直接的な怖さ』であるワケです。イントロで不安な気持ちにさせ、オチでキャーッと言わせた人の勝ちなのです(笑)本質がシンプルなだけに構成力の有無が問われます。修学旅行やキャンプで体験している通り、人が集まった時に盛り上がれる物語の基本中の基本は『怪談』です。怖い話が上手くなければその他の面白い話が語れるはずがありません。

S・キングには『秘密の窓、秘密の庭』みたいなどんでん返し付きの面白い作品もありますが、それがキングらしいかと言うとやはり違います。

何と言っても『呪われた町』『IT』『ペット・セマタリー』『ザ・スタンド』『シャイニング』等、読みながら眠りに就くともれなく悪夢が付いてくる、黄金期の長編がおすすめです。

ちなみに長編で私が一番好きなのは『クリスティーン』の怖くて切ない恋です。

キングの中篇・短篇は本当に何を読んでも素晴らしいのですが、ホラーだけでなく『刑務所のリタ・ヘイワース』や『スタンド・バイ・ミー』『アトランティスのこころ』などの感動作も絶品です。とくに『グリーンマイル』は名作です。いい年こいて号泣しました。ホラーが苦手なあなたもぜひお読みください。後悔させません。

キングについてはまだまだとてもここでは紹介しきれませんので、とにかく見つけたら手当たり次第に読むといいでしょう。入りやすいのは『ファイアスターター』とか『ゴールデンボーイ』とか『とうもろこし畑の子供たち』とか、子どもが登場するホラー。中でも一番怖いのは『ペット・セマタリー』でしょう。そして最高傑作はやはり『IT』だと思います。ちょっとひねったゾンビものとしては『セル』の荒涼とした世界観がたまりませんでした。

キングは子どもを書くのが非常にうまいのです。マーク・トウェイン以来のアメリカの伝統を感じます。

キングの話ばかりしていてもアレなので、他の作者も少し。サスペンス・ホラーの御大であるディーン・クーンツ。ベストセラーは多々ありますが、私のイチオシは『オッド・トーマスの霊感』に始まるオッド・トーマス物4部作(ハヤカワ文庫)。これらにはホラーなのに素晴らしいどんでん返しが入っていて感動しました。

また、最近の出色である『WORLD WAR Z』(M・ブルックス/文春文庫)、『ジャクソンビルの闇』(ブリジット・オベール/ハヤカワ文庫)などは一風変わったゾンビものとして楽しめました。

ホラーの短篇集としては、ロバート・R・マキャモンの『ブルー・ワールド』(文春文庫)、ジョー・ヒルの『二十世紀の幽霊たち』(小学館文庫)が非常に良かったという印象が残っております。

ホラーではありませんが、終末世界旅行モノとしてコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』(ハヤカワepi文庫)が非常に良かったです。ほぼ父と子しか出てこない話なのですが、時々ちらちらと顔を覗かせる悪人どもの鬼畜な所業が土下座級にダークで……。とても満足しました。

どうやら私には自己懲罰の衝動があるようで、テキーラを飲むと道路で土下座したくなるのですが、読書にも同じ傾向が見られます。読んでいてげんなりするような世界であればあるほど、そんなものにハマっている下衆なオノレを反省し、ゾンビがいない社会に住んでいることに感謝し、ただただ善良で建設的で素直な気持ちになれるのであります。

闇の世界を徘徊する異形の者たちに対して、本当に私が悪うございましたと、ひたすら謝罪するのであります。いやあ、晴れ晴れしますな。

何のオチも結論もない話になってしまいました。すみません。でも、趣味を語るとこうなるのは仕方ないのであります。好きだってことは最大の創作モチベーションですしねえ。あなたもご自分の趣味嗜好を最大に生かした楽しい物語を作ってください!

ただし、好きな世界のディテールを安心して描き込むためにもいれものとなるストーリーはしっかり構築しましょうね。

今回はホラー小説、しかも海外モノ限定の紹介文となりましたが、次はいつか「私の好きな娯楽小説」ミステリー編やSF編をやりたいと思います。

 

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