ブンコ
「突然なんだけどさ、師匠」
ぴこ蔵
「なんじゃらほい?」
ブンコ
「そもそもどんでん返しってどんなもの? いや、そりゃなんとなく大雑把には分かってるつもりなんだけど、いまいちピンと来ないんだよね~」
ぴこ蔵
「むむ。それはマズイなー。どの部分がどんでん返しなのかがきっちり見抜けないことには、いつまでたっても正確に技を使いこなせないのじゃ」
ブンコ
「だからもっとこう具体的にさ、これがどんでん返しだっていうのを教えてくれないと、自分はどんでん返しだと思い込んでいても『意外な結末』だとか『オチ』だとか言われちゃうとさ、自信がなくなっちゃう」
ぴこ蔵
「ならば簡単な見分け方を一つ教えておこう。『どんでん返し』はクライマックスの直前に起こって、物語を一気に盛り上げる号砲となる!」
ブンコ
「号砲って何だ? 警報みたいなもん?」
ぴこ蔵
「大砲とか銅鑼の音とか法螺貝とかサイレンみたいなもんじゃな。これからコトが始まりますぞー、というお知らせじゃな」
ブンコ
「そっかー、どんでん返しの後にクライマックスに突入するのか……」
ぴこ蔵
「例えば、ある事件でどんでん返しが起こり、真犯人の正体が明らかになるとしよう。すると真犯人は高笑いしてこう言う。
『ワッハッハー、よく気がついたな! その通り、私が真犯人・怪盗手品師ピコピーコであーる! しかし、ちょっとばかし遅かったようだな。これを見たまえ、君たちの大切なダイヤモンドは先ほど私がすりかえておいたのだ!』
さあ、どうする名探偵ブンコ!」
ブンコ
「チクショー! 待てーッ、大泥棒! アタシのダイヤを返せ!」
ぴこ蔵
「そして物語はクライマックスに突入するのじゃ!」
ブンコ
「なるほど、『どんでん返し』はクライマックスの始まりなわけだね」
ぴこ蔵
「それに対して『意外な結末』は、そのクライマックスの大問題が最終的に解決される場面のことじゃ」
ブンコ
「ってことはつまり、さっきの泥棒手品師の話で言うと……」
ぴこ蔵
「……その時、名探偵ブンコはとっさに壁の隠しボタンを押した! すると怪盗手品師ピコピーコの足元が音を立てて崩れ、大きな穴が開いた! あわれピコピーコはその穴に真っ逆さま。床下はるかの荒海へと落ちていったのである」
ブンコ
「しまった! アタシのダイヤが……」
ぴこ蔵
「……ところがぎっちょん、落ちていく怪盗手品師のポケットから一羽のハトが飛び出した。ハトは羽ばたくとぐんぐん上昇し、ブンコの肩に止まった。するとそのクチバシには、なんとあのダイヤモンドがしっかりとくわえられていたのだった」
ブンコ
「ああっ、お前はアタシが幼いころ飼っていた伝書鳩のクーポ!」
ぴこ蔵
「そして名探偵とお手柄の伝書鳩は、いつまでもうっとりと輝く宝石を見つめるのであった。めでたしめでたし」
ブンコ
「くわ~っ! これが『意外な結末』かーっ!」
ぴこ蔵
「もちろんこの鳩と名探偵の関係を語るエピソードは出来るだけ序盤の段階で描いておかねばならない。しかも、いったんそのことを読者に忘れさせておくような工夫も必要じゃ」
ブンコ
「『どんでん返し』と『意外な結末』の違いはなんとなくわかったよ。それじゃ『オチ』はどうなるの?」
ぴこ蔵
「『オチ』というのはじゃな、『どんでん返し』と『意外な結末』がいっぺんに起こることをいう」
ブンコ
「例えば?」
ぴこ蔵
「……穴から落ちていった怪盗。呆然として残された名探偵と関係者の皆さん。やがてジェニガッタ警部が言う。
『えー、そんなわけで皆さん、ご覧のとおり怪盗とダイヤモンドは海の藻屑と消えました。さてこれからどうしましょ?』
収まらないのはダイヤの警備係・ゲス夫。名探偵ブンコに掴みかかって怒声を浴びせる。
『このヘボ探偵! てめえがあのボタンを押したからこうなったんじゃねえか! 責任取れ! 10億円払え!』
そのはずみに足がもつれてゲス夫とブンコは穴に転落。慌ててはるかな海面を覗きこむジェニガッタ警部。しかし、夜の海、しかも霧が出てきて何も見えない。
途方に暮れる警部はやがて首をふるとつぶやいた。
『まあ、しかたないな。これは単なる事故だ。それ以外に私の責任を問われるような事件は何も起こらなかったことにしよう』」
ブンコ
「アタシのダイヤと命はどうなった?!」
ぴこ蔵
「……その頃、海面では一艘のクルーザーが落ちてきた3人を回収していた。ずぶ濡れの名探偵と警備係にシャンパングラスを渡して、怪盗は言った。
『2年越しの計画は大成功! お疲れ様でした! それでは我々の友情に乾杯!』」
ブンコ
「なるほど、実は警備員と探偵と怪盗がグルだったのか。そんでもってみんなで警部をたぶらかしたと。これが『オチ』なんだね!」
ぴこ蔵
「まあ、急ごしらえのへっぽこコン・ゲームで申し訳ないが、言いたいところは分かってくれたかな」
ブンコ
「一応分かったけど、さすがにこれだけじゃ不安だからさ~、もっと実際の作品の例を教えてよ」
ぴこ蔵
「よかろう。具体的な作品名を挙げておくので、実際に読んでみることじゃな。ここでわしがネタバレして解説したところで、そんなに気やすくお主の身には付かないじゃろうて。鵜の目鷹の目、本気で見破ろうとしなければ真髄は見えてこないものなのじゃ。
と言っても、世の中にどんでん返し入りの作品はごまんとあるぞお。まあとりあえず誰もが知っている有名作家のものを紹介してみよう。
例えばわしが好きなのはおなじみ天才人喰い博士ハンニバル・レクターが登場する『レッド・ドラゴン』(原作:トマス・ハリス)じゃな。シリアルキラーの残虐な連続殺人事件が描かれるサスペンスなのにも関わらず、どんでん返しの伏線となる美しくもロマンティックなラブストーリーの構成がお見事である。
また、どんでん返しの達人といえばジェフリー・ディーヴァーかな。中でも『コフィン・ダンサー』のどんでん返しには恐れいった。
ミステリーの大御所、アガサ・クリスティーの短編『青い壷の秘密』『第四の男』などは短編なので時間がかからずに要点がわかり、しかも面白い。超おすすめなのじゃ!(創元推理文庫『クリスチィ短編全集1』)
ディーン・R・クーンツのベストセラーで言えば『汚辱のゲーム』や『ストレンジャーズ』にどんでん返しがあるし、ジョニー・デップ主演の映画『シークレット・ウインドウ』並びにその原作となったスティーヴン・キングの中篇小説『秘密の窓、秘密の庭』(文芸春秋『ランゴリアーズ』収録)は、普段、この手のどんでん返しを使わないキングが珍しく書いたミステリー風の作品。
日本のものなら藤沢周平の『隠し剣孤影抄』(文春文庫)に収録されている『必死剣鳥刺し』なんかどうじゃ。時代小説の名人中の名人が贈る珠玉の傑作短編にはよく読むとラブストーリーの鉄則まで入っていてお得なのじゃ。
きりがないので後1つだけ。
映画『スティング』はポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが共演した傑作名画じゃ。二人の詐欺師がギャングのボスを騙すために命がけで頑張るストーリーなのじゃが、この作品にはどんでん返しもあるが、それとは別にオチがある」
ブンコ
「おっと出たね! 1本で2度おいしいってやつだね!」
ぴこ蔵
「『スティング』のどんでん返しのほうは『主人公を狙う凄腕の殺し屋の正体』で、オチはまさにラストシーンのサプライズなのじゃ。これはまあ本当に面白い映画なのでまだなら必ず観たほうがいいぞ」
ブンコ
「うーん、詳しく知りたいけど、そんなに面白いんなら観てみるよ。だからとりあえずそれ以上のネタバレ解説はしなくていいや!」
ぴこ蔵
「まあ、構造的に言うとすればこうなるかな。
物語を面白くするには3つのポイントがある。主人公の目的と、それを邪魔する敵や障害、そして主人公の変化じゃ」
ブンコ
「それは前にも聞いたな」
ぴこ蔵
「問題はその次。つまり、物語を面白く、エキサイティングに語ろうとするならば、主人公が目的を果たそうとするストーリーラインと、主人公が敵と戦うストーリーライン、そして主人公が変化するストーリーラインの3本の筋が必要だということじゃ。そしてそのストーリーラインが交錯する瞬間に『どんでん返し』や『オチ』が発生する」
ブンコ
「えっ? そういうことなの?」
ぴこ蔵
「もちろんじゃ。これらを一緒くたに一本のストーリーで語ろうとするからお主の物語はごちゃごちゃのボケボケになってしまうのじゃ」
ブンコ
「べ、別々に作るのかー。でもどうやって?」
ぴこ蔵
「そこで大事なのが『伏線』と『並行線』なのであーる」