こんなご質問をいただきました。
僕には書いてみたい小説があります。それはいわゆる「青春小説」と呼ばれるジャンルです。とくに橋本紡(つむぐ)さんの『半分の月がのぼる空』は僕が小説を書いてみたいと思うきっかけになった作品です。
エンターテインメントとして青春小説を書いてみたいのです。あからさまな敵は出てこない(僕が見落としているだけかもしれませんが)主人公たちはただの高校生などであり、なにも特殊な設定はなく、日常を描いているだけなのにグイグイ引き込まれる。感動を与える、そんな青春小説です。
僕も考えてみたのですが、どうにも上手くいきません。青春小説を書く上で、何かコツやテクニックなどはないでしょうか。(Hさん)
ぴこ蔵です。
物語の主人公は「変化」しなければななりません。というよりも、物語とはまさに「変化」を描くものなのであります。人は成長し、あるいは堕落し、対立関係にある者は和解し、強固なシステムは崩壊する……。そのプロセスを語ることがストーリーです。変化しない物を描いても物語には成り得ません。
「じゃあ、例えば何があっても自分を曲げない『ブレない男』を主人公にしたいときはどうなのよ?」という人がいるかもしれません。しかし、その場合は必ず主人公に対する周りの評価などの『人間関係』が変化しているはずです。最初は《頭が硬くて頑固な迷惑者》として登場した主人公が何かの出来事を経て《ブレない信念を持つ男》として見直されることになります。
そして、そんな主人公の変化を誘発するのが「敵」や「障害物」などの対立者(物)です。電流に対する『抵抗』みたいに、敵との戦いは主人公が変化していく様子を測るバロメーターなのです。ですから、どんな物語にも「敵」は必要欠くべからざるものだと言えます。抵抗を感じるということは前進しているということなのですから。
主人公の成長物語でありラブストーリーでもある『半分の月がのぼる空』では、「敵」に該当するのがヒロインの「病気」だと考えられます。
「病気」は人格を持たないので純粋な「敵」とは言えません。しかし、自然災害とか交通事故とか遠距離などの普通の障害とは違って、ヒロインだけを狙って命を奪いに来るという凶々しさがあります。強力な「恐怖の対象」だと言えましょう。
物語では、こういう「恐怖」や「心の暗部」など、人生のろくでもない側面を書くことが重要です。嫌なことの起こらない人生などあり得ないし、逆にそういうことを描いていない物語はフワフワするばかりで読んでいても心を動かしてくれません。
好きな人に告白したい。でも、振られるかもしれない……。
声を上げなきゃと思う。でも、イジメられたらどうしよう……。
この場から逃げ出したい。でも、付き合いが悪いと思われるし……。
実際、私たちの毎日は大小さまざまな困難の連続であり、生きることは『勇敢な選択』と『恐怖感』との戦いだと言っても過言ではありません。つまり、怯懦や躊躇、逃避などのネガティヴな心理を無視した描写にリアリティはないのです。誰もが何かを恐れ、傷つき、悩んでいるのです。
それが分かった上で、「しかし、それでも人生には生きる価値がある」ということを確認するために、エンターテインメントストーリーは必要とされます。
「青春時代」はけして楽しいだけではありませんよね。将来への迷いや人間関係による心の痛みなど、生涯のうちでもとくに激しく苦悩する時期です。
これらのネガティヴな出来事や宿命と正面から向き合いいかに乗り越えて前に進むか。キツい障害や、どうにもならない厚い壁に出会ったとき、自分がどう変化(成長)すると解決策が見つかるのか。『青春小説』では作者が常にそういう観点を持ち、登場人物の行動で表すことが非常に大事だと思います。
Hさんがご自身の作品を今ひとつ面白く感じられないのは、もしかするとこういう「負の要素」が描き足りていないから……なのかもしれません。
もっと主人公の「劣等感」や「屈辱」、あるいは「挫折」をどんどん具体的に書き込んでいくことで、本当に面白い物語になるのかもしれません。
Hさんの作品を読んでいないため、提言というより憶測になってしまって申しわけありません。物語作りのアドバイスは一人ひとりの作品に合わせるオーダーメイドです。従ってこれ以上の具体的なアイデアは語れませんが、ちなみに、主人公の成長を描くには、「TYPE09」「TYPE10」などの『目的のどんでん返し』がよく合うことは言っておきたいと思います。ヒントになれば幸いです。
そんなわけで、青春とは何かを求めてさまよう日々のことなんですなあ。
ぜひ、主人公にがんがんプレッシャーをかけることによって大いに成長させてください。そして、最終的には主人公の持っているコンプレックスを振り払ってやってください。
青春小説は「めげない」ことがメインテーマだと思います。