まずベタから始めよ!
ストーリー作りを始めたばかりの人が最も恐れているのが「自分のストーリーはベタすぎるのではないか?」ということです。
しかし、それはそれでいいのです。今はまだ。
最初はとにかく手順を覚えるのです。物語を作る上で必要な要素をまずは決めてしまうのです。そういうと何やらごそごそと計算を始める人がいます。
私も昔、計算した覚えがあります。好きなタイプのキャラクターを2人思いついていましたが、あまりにもネタが浮かばないもので、先に『枠組み』を決めてやろうと思ったわけです。
全部で何ページの小説にしたいから登場人物は何人で、シーンはいくつで、エピソードは何個。それが決まれば「後は何とかなりそう」な気がしていました。
そこで、手近にある小説を読んで登場人物の数を数えてみました。こういう時、海外のミステリーは便利です。たいてい登場人物一覧が付いておりますから。
『マルタの鷹』341ページで12人。
『羊たちの沈黙』505ページで15人。
『鷲は舞い降りた』493ページで22人……。
なんとなくですが、長編小説を書く場合、20ページから30ページの分量に対して登場人物が一人という関係ではないかということはわかりました。自分の作品を240ページにするとなると、適切な登場人数は8人ぐらいかなと思いました。
この時点で少しヤな予感がしました。人数だけ決まっても、イメージが全く浮かばなかったからです。そこで今度はシーンを数えてみました。
『レッド・ドラゴン』は720ページ。全部で54章ありました。各章に2~3シーンが入っていますので120シーンぐらい。「240ページの作品なら40シーンぐらいか……」
タチドコロに計算しました。私がこれから書こうとしている小説は240ページで登場人物は8名、シーンは40。
……だからどうした。
結局、この数字から何か物語が浮かんでくることはついにありませんでした。自分が語るべき事柄を見つけ出せていなかった私には登場人物やシーンの数が分かったところで何の参考にもならなかったのです。
紅葉した渓谷の美しさの秘密を理解しようとして生えている樹木の葉っぱの枚数を数えてしまったわけです。
こういう試行錯誤が悪いと言うわけではないのですが、猿知恵と言われても仕方がありません。そんなヘンテコな計算をしていては面白いものなんぞ出来るわけがない。それどころか私は「数合わせ」のために無理矢理エピソードを作ろうとしました。
ところが、何のテーマもイメージもない。決まっているのは主要なキャラクターが二人だけ。仕方なく、なんとなく仲間であるということにして二人を会話させてみました。
しかし、最終的に何をすればいいのかが見えていないので目的を持った話などは全然出てきません。畢竟、今後の展開を探ることが中心になります。
情けないことに、何とかしてキャラクターに自分自身で目的を見つけさせて行動してもらおうと思ったわけです。
そうすると例えば……
「あいつだけは許さないぞ」
「そういうのを弱い犬ほどよく吠えるというんだ」
「黙ってろ、一寸の虫にも五分の魂があるんだ」
「愚か者め、郷に入れば郷に従え」
「いや、虎穴に入らずんば虎子を得ず」
「急がば回れ」
「河童の川流れ」
「屁のつっぱりにもならんですよ」
見事にことわざや故事成語のオンパレードになりました。
テーマがない会話というのは恐ろしいものです。ひねり出されるのはよくある常套句の応酬。どこかで見たようなじゃれあいとツッコミ合い。
ストーリーはちっとも前に進まず、自分ならではの主張や意見など、どこを見渡しても一言もありません。
これじゃいけません。
一方、キャラクタからエピソードを発想する人もいると思います。この方法だと、時たまいいアイデアが出てくることがあります。もともとキャラの誕生と同時に発生したシーンなので、自分の中では物凄く鮮烈でインパクトがある。我ながら才気に溢れた名場面の出来上がりであります。
しかし、パッと思いつくシーンがいくら強烈でも、それをストーリーの文脈としてつなげていくのはとても大変な作業なのです。
あなたの創作ノートの中にも、私のそれと同じように、塩漬けになったままの名場面がたくさんあるはずです。
名場面の中の主人公は、燦然と輝いています。いつだってどこからともなくマントを翻して現れるのです。モンスターバイクのエンジン音と重なって、どわはははは、と聞こえる高笑いを響かせながら。
しかし実は、あなたの主人公はこの先、どこへ行けばいいのかさえわからないのです。思いついたはいいが、その後の展開が出てこない名場面。
何とか次への展開を試みていろいろと書くうちに、どこまでが夢でどこからが現実なのかよくわからない、まるで半身が霧の中に溶けているようなゆるい妄想になることも度々です。
それじゃ困るのであります。
書くべきことが見当たらない。何を書けばいいのかわからない。日記なら書けるのに、小説が書けない。
そういう人にとっては、まず、最後まで作りきることが大事なのです。
肝心なのはどうやって話を終わらせるか。クライマックスをどう盛り上げるか。エンターテインメントの読者はそこが一番読みたいのです。
そのためのどんでん返しであり、伏線の練りこみなのであります。単なる日常のスケッチではいけません。思いつきだけで書けるのはオープニングまで。
最初のアイデアを披露したところで作者だけが気持ちよく燃え尽きてしまい、クライマックスもエンディングもない断片的な話では感想の言いようもないではありませんか。
それは物語などではなく「なんでもいいから俺様をリスペクトしろ!」という一種のジャイアン・リサイタルであり、読者への幼稚極まりない脅迫なのであります。
ベタを恐れてはならない
「よくあるベタな展開にはしないぞ!」という意気込み。これは非常に大事なことだと思います。
あなただからこそ書ける、あなたらしいお話であるために、オリジナリティーにこだわるのは重要です。ずっとこの気持ちを忘れずにいてほしいと思います。
ただし私は、まだストーリー創作を始めて間がない方には、むしろあえてベタな物語を作ってみることをオススメします。
ベタを憎むことも重要ですが、ベタを恐れないことも大事なんです。
テレビの2時間サスペンスドラマのようなベタな展開、という例えをよく使います。私も何度もそう言ったことがあります。もちろん否定的なニュアンスで。本当は自分でもベタなストーリーを作ってきたくせに。
しかし、実のところ、ベタな物語を作ったことのない人にベタの本質は絶対に分かりません。
ベタのいけないところは安易な設定にあります。どこかの漫画で見た類型的なキャラクター。いつかのテレビで見た類型的なセリフ。それらを乱発してしまうと「ベタ」な作品だと言われるのです。
しかし、その類型の使用頻度を考慮しながら鑑賞すれば、ベタドラマのストーリー展開にはとても大切なツボが隠されていることに気がつくはずです。
それは「予定調和」のさじ加減です。
どこかにこの「予定調和」的な側面があると、人は安心します。緊張するシーンの後にコミカルなキャラが出てきたら、案の定おかしなことを言って笑わせてほしいのです。
結婚式のシーンでは花嫁の父親は号泣してくれないと、なんだか心がホッとしないのです。
頭から終わりまで予定調和ばかりしているとさすがに馬鹿にされてしまいますが、多少はこれがないと、全編が緊張感だけでは読者や観客も疲れてしまいます。
また、無駄なようでもリラックスする時間は必要なのです。弛緩があってこそ次の緊張の効果が出るからです。これは基本ですよね。
自分の作風に最適な「緩急」のリズムを調整するためにも、ベタな展開をどこまで盛り込むか、斬新なアイデアをどこまで広げるか、というバランスを計算してください。
そのためには、やはり最低でも2,3本は習作を書いてみることです。
具体的であれ
ストーリー作りに慣れるまでは、目的が抽象的になってしまうことがよくあります。
抽象的な概念だと自分自身がイメージしづらい恐れがあります。これを何か具体的なものに変換すると、その存在が想像力を刺激して話を活性化してくれます。
「具体性」はイメージを喚起してくれます。「世界の平和を守るんだ!」よりも「この重要な機密の入ったUSBメモリを守るんだ!」のほうが物語を発想しやすくなるのです。
そうやって一手間かけることで、その具体的なイメージから読者がすんなり理解しやすいエピソードが生まれて、もっともっと共感しやすい物語になります。
ベタな物語を作る
物語を語ることはあなた自身を語ることでもあります。何気なく紡いだ一言から恐ろしいほど自分自身が剥き出しになってしまうものです。
そこにはあなた自身の性格を形作ってきた人生観や人間に関わる考察の深さ、あるいは浅さ、そして強さと弱さが、残酷なほどあふれ出してしまうのです。
もしかすると逆にそれこそが私たちがこれほどまでに物語を語りたがる理由なのかもしれません。
しかし、エンターテインメントはそれだけでは済みません。そんなあなたの個性を生かすためにも、あなた自身を語ったところで一丁上がりとはいかないのです。
しっかり展開して、たっぷり盛り上げ、きっちり終わらせる。
いくら複雑な構造でも、今何が起こっているかが子どもにも明快に伝わるストーリーを作ってください。
その練習のためなんですから、最初はベタでかまわないんです。ベッタベタでいいから最後まで作りきる!
――創部以来、一度も勝ったことのないお嬢様ラクロス部 しかし一人の転校生を迎えることで戦うチームに変貌し、 全国大会出場のために燃え上がる。
ところが副主将のユキには家庭内の心配事があり練習に打ち込めない。それに気づいたチームメイトは一計を案じて……
そんな「どこかで見たような」話でいいんです。
最初から独自性の高い斬新な物語を作ろうとしては必ず失敗します。まずはベタな設定を使って、肝心なクライマックスの作り方を身に付けましょう。
ベタなストーリー作りの大まかな流れとしては……
【ストーリーラインその1】
▼ベタな舞台を設定する
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼ベタな目的を設定する
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼目的の達成を邪魔するベタな問題を設定する
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼その解決のためのベタな『切り札』を用意する
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼『切り札』の伏線を物語の序盤に張る
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼『切り札』を使って問題を解決する
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
▼最後にちょっと意外な結末
やってみるとわかるのですが、ベタでもけっこう満足できるものです。
もう一つ、主人公のベタなエピソードの流れを紹介しておきましょう。
【ストーリーラインその2】
主人公は、まず何らかの失敗を犯し、それが元で大惨敗します。しかし、あることをきっかけに反撃を開始し、ついに大逆転するのです。
失敗→大惨敗→反撃開始→大逆転
この大きな流れを押さえるだけでスカッとする話が作れます。
試しに、この2つのストーリーラインを交錯させながら物語を構成してみてください。ベタです。しかし、強力です。
そして、そういう作業を繰り返すうちに、ベタな展開のどこが自分の表現したいものとどれだけ重なり、どれだけ理想と食い違っているのかを客観的に確認できるようになってきます。
物語を作るあなたのポジションがはっきりしてくるのです。
やがて物語をコントロールするすべを身に付け、自分が書いたベタストーリーに飽き足らなくなった時、初めて本当の創作が始まります。
手順を覚えるまでは苦しい作業です。しかし、薄っぺらな自尊心を捨ててこの作業をやり遂げない限り、あなたの物語はリアリティーを獲得できないのです。
この段階を省略したり、考えることさえ避けていたりしていては、本当に大切な基礎の部分、地味でも面倒でもごまかさずに作りこまなければならない箇所がいつまでたっても見えてきません。
一歩一歩、一作一作、物語を作り、それを分析すること。
上達のためにはベタでもなんでもとにかく書くこと。書いて書き続け、書き終わったら何度でも読む。それが一番の道であり、この他に道はありません。