分かりやすく面白い話を発信するために
今、この文章を読んでいるということは、あなたは近々に「是が非でも何か面白い話を作って発表しなければならない!」という立場にあるのだとお見受けします。
その物語は小説になるのかもしれないし、漫画かもしれません。ドラマの脚本やゲームシナリオということもあるでしょう。あるいは、商品を売り込むためにセールスレターをまとめているのかも。
しかも、応募の締切が近づいているとか、週明けの会議でプレゼンしなければならないとか、学校の発表会が迫っているという切羽詰まった期限があるのでは?
ジャンルや動機が何であるにせよ、のんびりしてはいられません! そこまで追い詰められているのであれば(笑)今すぐ以下の2つの技と知恵を身に付ける必要があります。
(1)自分の考えや気持ちを他人にわかりやすく伝える発信力(たとえあなたが人と接することが苦手でも)
(2)誰もがあなたの話を喜んで聞いてくれるようになる方法論(たとえ初対面の人が相手でも)
そして、その2つを同時に満足させ得る答えはただ一つしかありません。それは、『面白い話をする』ことです。
面白ければ興味を持って話を聞いてもらえます。それどころか、相手はすすんで理解しようとさえしてくれます。
ぴこ蔵メソッドの目的とは、まさにそんな「面白いストーリー」の創作体験であり、その究極のスキルが「どんでん返し」に代表される『驚き』を作るテクニックというわけです。
ただ、実はここに至るまでに、ぜひ知っておいたほうが良い技術があります。
それは、面白い話の元となるコアなアイデアを作る方法です。
最もシンプルな作り方
物語の中心的なエピソードがありきたりだと、どう頑張ってもやはり面白くはなりません。核心となるシーンには、少なくとも読者や観客を「ほほぅ」と驚かせるだけの、一定水準以上のクオリティを持つアイデアがなければ盛り上がらないのです。先々の展開を読まれてしまいますからね。
では具体的にどうすればいいアイデアを思いつくのでしょうか。
ぴこ蔵が最も信頼し敬愛するイタリアの児童文学者、ジャンニ・ロダーリはこう言っています。
「面白い物語を作りたければ、まずは、二つの言葉(概念)の面白い組み合わせを見つけること」
ロダーリはこの手法を『ファンタジーの二項式』と名づけています。この時、言葉と言葉との間に「距離」があればあるほど面白い成果が出るということです。
ロダーリは例として「犬」と「たんす」という組み合わせをあげています。確かにいい具合に距離を感じますよね。
(『ファンタジーの文法 物語創作法入門』ちくま文庫 訳・窪田富男)
ただ、案外この「距離」の発見が難しいのです。距離と言っても、もちろん物理的なそれではありません。ドラマ性を感じ取るのは人の心理の働きであり、つまりは「意外性」なのであります。
対立する感覚を見つけるのが早道
距離発見のカギの一つは、例えば「快」と「不快」といった対立する感覚です。
対立からは心理的な距離が生まれやすいのです。
例:【快】好きなものや楽しいもの×【不快】嫌いなものや怖いもの
・ガトーショコラ(チョコケーキです)×注射
・アイドル×怪物
・牛丼×暴走族
そんな対立する物同士の組み合わせが心のトリガーを引きます。振り幅というやつですね。
前置詞を使えば思いがけない組み合わせが見つかる!
ここでさらに面白い関係性を発見するために、ロダーリのテクニックを利用してみましょう。それは「前置詞」を使うという技です。
「何を突然、英語の勉強なんか始めてくれちゃってんだよ」と身を固くしたあなた。
大丈夫ですよ。中1で習ったごくごく簡単な前置詞を思い出すだけでいいんです。
in,on,from,to,for,by,of……etc.
これくらいだったら誰でも知ってますよね。
これらの前置詞を使って、先ほどのような「名詞の組み合わせ」の新たな関係性を探すわけです。すると自分が発想したことのない絵柄の状況を発見できます。
ちょっと面倒くさいかもしれませんが、それにも関わらずわざわざ使いたくなるぐらい、この手法は発想に便利なのです。具体的にやってみましょう。
「名詞+前置詞+名詞」から短いエピソードを作る
まずは御本家の発想例から紹介しましょう。前述の『ファンタジーの文法』によると、ロダーリは「犬」と「たんす」という名詞の間にイタリア語のさまざまな前置詞を配して
・たんすを背負った犬
・犬のたんす
・たんすの上にいる犬
・たんすの中にいる犬
……などの状況を作ってみたそうです。
そしてロダーリが選んだのは「たんすの中にいる犬」でした。つまり、「犬 in たんす」というわけですね。この絵柄が作家の心の何かをピピっと刺激したのだと思います。
さらにその状況から……
「主人公が帰宅すると、家の中のあらゆるたんす、家具、家電の中に犬がいる。しかし心優しい主人公は彼らを追い出すのではなく溺愛し、犬の食事のために毎日10キロの肉を買い続ける。するとそれを怪しんだ肉屋があらぬ噂を流し、人々がそのデマを拡散し、しまいには警察がやってきて……」
という物語を発想したのです。
それでは、ロダーリ先生に負けないように、私たちもこの手法に挑戦して「今まででは考えつかないような発想」を生むコツをつかみ取ろうじゃございませんか。
私は大好きな「ガトーショコラ」と大嫌いな「注射」という組み合わせを選ぶことにします。
(1)さっそくガトーショコラと注射の間に前置詞を置いてみましょう。
・ガトーショコラ from 注射
・ガトーショコラ to 注射
・ガトーショコラ for 注射
・注射 in ガトーショコラ
・注射 on ガトーショコラ
(2)そして、この組み合わせの中からぴこ蔵が選んだのは……
「注射 in ガトーショコラ」
(3)その視覚的なイメージとしては……
・ガトーショコラの中に隠された注射器
これは怪しい。危険な香りがしますねえ。なんでまたそんなことをしたのでしょうか? 何かが起こりそうな気配が立ち込めてまいりました。
ピンとくるかどうかは、こうして前置詞が示す状況をビジュアルで想像すると分かりやすいと思います。私にはなんとなくそんな絵柄が見えたわけです。
チョコケーキではなくガトーショコラという一歩踏み込んだ名前を使ったというのも、ある種の雰囲気が感じられて想像がふくらんだ原因かもしれません。
また、注射ではなくて「注射器」に変更したのも視覚化に役立ちました。発想のきっかけはけっこう微妙なところに潜んでいるのです。
それではこの状況を活かしてエピソードを作ってみましょう。
お話作りのヒント
「もの」は「人間(人格があるもの)」に結びつけることで、どんどん物語になっていきます。ストーリーとは登場人物に付随するものだからです。
そこで「ガトーショコラの中に隠された注射器」に人間をからませていきます。
・誰が注射器をお菓子の中に隠したのか?
・それはいったい何のためか?
・誰が最終的にこの注射器を使うのか?
それらの疑問に答えることで、自然に人間と小道具との関係が明らかになってくるはずです。
ここで大切なのは「対立」の原則です。
・誘拐の標的 VS 誘拐犯
・悪ガキ VS 大人
このように幾つか対立点を重ねると、緊張感が高まって面白くなります。
そして、とどめに「逆転」の仕掛けを入れることで、ストーリーがぐっと活性化します。そのポイントは――
・誰が最終的にこの注射器を使うのか?
……という「オチ」の周辺に存在します。
例えばこんな感じ:
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パーティ会場で金持ちの子どもに近づいて誘拐するために、悪者が睡眠剤入りの注射器をガトーショコラの中に隠し持っていた。ところがその子はいたずら好きな悪ガキで、先にその注射器を見つけて、悪者の飲み物に中身を注射する。緊張で喉が渇き、その飲み物を一気に飲んだ悪者。その服のポケットに空の注射器をそっと返す悪ガキ。ふらついて倒れる悪者。介抱した人がポケットの注射器を発見して警官を呼ぶ。麻薬常用者として逮捕され、千鳥足で連行されていく悪者。
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こんなふうに、「ファンタジーの二項式」を使って、小さな、しかし何かピリッとした事件が起こるエピソードを作ってみましょう。