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あらすじを作ろう! ~ ぴこ山ぴこ蔵の使命とは?

こんな質問をよくいただきます。

私は文章を書くことが好きなので、将来はものを書いて生計を立てたいと思っています。「文章を書くのが好き」というだけでプロになれるでしょうか?

プロになる上で

「文章を書くのが好き」というのは絶対に必要な資質です。文字を書くたびに奥歯が痛くなる、という方はマウスピースをはめるかこの道をあきらめたほうが幸せになれると思います。

文章を書いてお金をいただくことは、書く内容を選ばなければ、けっこう簡単に出来たりします。いわゆる雑誌やコピーのライターという職業です。でも、それはライティングマシンになるという覚悟が必要です。編集部の意図や企画に従って取材し、記事や文章にする。かなりの知識や知性が必要ですし、けっしてそれがレベルの低い仕事だとは思えません。有意義で興味深い職業ですが、ひとつだけ問題があります。

多くの場合、ライターという職業では自分だけのオリジナル作品が作れない、ということです。「文章で生計を立てていく」という意味ではライターも作家も同じですが、作家(ここでは小説家や脚本家に限定します)はオリジナルの物語を生み出すのが仕事です。

雑誌ライターの記事やコピーライターの作った宣伝文などは、雑誌というメディアや宣伝商品との関連なしには成立しませんが、オリジナルの物語はメディアを選びません。物語は自立した作品なのです。商品と言い換えてもいいでしょう。

(ルポライターはどうなんだ?! という声が聞こえてきそうですが、ジャーナリストというのはまた全く別のジャンルの職業です。こちらはむしろ取材がメインで、時にはとてもハードです)

もし文章を書くのが好きで、ハードな取材はしたくないが、将来書くことで生きていきたいという都合のよい希望(笑)を持っているのなら……。むしろ割り切って「読んで面白いオリジナル商品」を一刻も早くたくさん作ることに徹底しましょう。

いわゆる記者やライターはサラリーマンや下請けと同じ立場です。企業や団体の仕事なので収入は安定しますが、自分が好き勝手なことを書くわけにはいきません。また、何人の人に読まれようと報酬は一定です。

それにくらべて作家は(本来は)自立した商売です。農家が野菜を作るように、作家は物語を作ります。作った商品は市場に持ち込んで売ります。出来のいい野菜(作品)で適正な価格であれば売れ行きもいいわけです。

ちょっと前までは、個人では宣伝する方法がなかったので、出版社が作家を丸抱えするような形もよくありました。それだけ職業としてリスキーだったわけですね。しかし、webの時代では、戦略と技術さえ持っていれば、個人でもかなりの宣伝をすることが可能です。

あなたにも、面白いオリジナル商品さえあれば、かなりの確率で一山当てるチャンスがあるわけです。オリジナル商品は歩留まりもいいし(笑)。

「文学作品は商品ではない」というご意見があると思いますが、ここで文学の価値について云々するつもりはありません。文学を論じるのであれば、他にいくらでも優れたサイトがありますので、どうぞそちらに行ってください。

さて、作家になるにはいくつかの方法があります。有名な文学賞を受賞するのが最も早道です。出版社に企画や原稿を持ち込んで契約にこぎつけるという手段もあります。ハードルは低くはありませんが、けっして無理な方法ではありません。

ただ、こんなのは誰だって知っていますよね。だから教える側には「作家になるための意識の持ち方」や「新人賞を狙うためにどんなテーマを狙うか?」などとちょっとひねった戦略を講義してくれるところもあります。

しかし、ちょっと考えてみてください。プロの作家と言うのは小説を書いて生活している人のことです。1本や2本書いて生涯食えるわけがありません。作家活動だけで最低限の暮らしを維持するためには、1年にけっこうな数の売り上げを達成する必要があるのです。

出す本が必ずベストセラーになる作家はそうはいませんから、多くの作家は毎日のようにうんうん書かなければなりません。しかも、その作品が全く売れなければ、出版社が契約してくれなくなります。つまり、本当にプロの作家と呼べるのは、出す小説が売れ続けている人のことです。

しかし、現実は厳しい。

今でも、多くの方々が、雑誌や新聞のライターやコピーライターとしての仕事で生活を支えながら、本来の作家活動を続けていらっしゃいます。つまり、プロ作家になることよりも、プロ作家であり続けることのほうがむずかしいのです。

ぴこ山ぴこ蔵の使命とは?

ぴこ山ぴこ蔵は、プロとしてやっていきたい方のための最低限の条件である「あらすじの作り方」を研究しています。そしてぴこ蔵の主張はシンプルです。

「商品として売るつもりなら、面白くない物語を作ってはいけません」この一言に尽きるのです。

ただし、お断りしておきたいのは、ぴこ蔵が教えるのはいわゆる「文章作法」ではないということです。「小説の書き方」というほど幅広い内容を取り扱う気はありません。

文章表現というのは簡単ではありません。例えば、高名な画家が絵を描く技術や、プロの演奏家が楽器を奏でるスキル。これらを身につけるのは非常に困難だということは予想がつくと思います。小説を書くのも同じです。村上春樹さんもおっしゃっているように「技術だけではいい小説は書けない。しかし、技術がなければいい小説は書けない」のです。

文字はほとんど誰にでも書けるので、文章も簡単に出来ると考えてしまいがちです。しかし、芸術としての言語表現のレベル(詩や小説のことですな)にまで達しようとしてちょっと頑張ってみると、これがいかに大変な道であるかは、誰にでもすぐにわかります。

ぴこ蔵が挑むのは「創作物の面白さの抽象化」であります。ここはマンガの線の引き方や文体の磨き方を教えるところではありません。「なぜ面白いのか」「どこが面白くないのか」「どうすればその面白さを再現できるのか」を『物語パターン』から探り出していこうと言う試みであります。

さらに具体的に言うならば、ここで教えるのは、エンタテインメント作品のための「プロット作りのハウツー」なのです。サスペンスのある、読んで面白いといわれるための作品を書きたい人に、具体的でシステマティックな「発想のノウハウ」を提供します。

この「プロット作りのハウツー」さえ知っていれば、今まで書いたことがない人でも簡単に物語を作ることが出来ます。また、よくありがちな「面白くない物語」を書かずに済みます。時間の無駄遣いを防げるのです。

いわゆる純文学作品の講座とはかなり違いますので、ブンガクを志す方は使うのをお止めになったほうがいいですよ。なぜかというと、このノウハウを知ってしまうと、娯楽作品を書いてみたくてたまらなくなるからです(笑)。

くどいようですが、ぴこ蔵がお伝えするのは、読者を「あっ!」とのけぞらせたい、夢中になって読ませたい。そのためになら悪魔にだって魂を売ってやる、という決意がある方のための本当に実利的で実践的なノウハウなのです。

ぴこ山ぴこ蔵は、
●いかに手っ取り早く面白いストーリーを作るか
●いかに多くの物語を作る能力を身につけるか
ということに力を注ぎます。

メインはあくまでもストーリー作りです。「どうすれば作家になれるか?」ということではありません。

「作家になる」ためには、まず「作品を完成させる」ことが絶対に必要だからです。

そして「作家であり続ける」ためにはより多くの作品をより速く書きあげる技術がなければなりません。

しかも、その作品が「面白くない」ことは許されません。

これらの条件が満たされない場合は、万が一作家になれたとしてもすぐに作家生命が尽きてしまいます。

心の底に沈んだアイデアを引き揚げろ!

――不況の今だからこそ、ネットビジネスで稼ごう!
そんな浮かれた言葉に踊らされて、あなたは他人の作った商品を売ることばかり考えていませんか? 売れるかどうかわからない商品の原価ばかり気にしていませんか?

どんな人でも、生涯に1本は小説が書けると言われています。でも、多くの人たちはそんなことに挑戦してみようとも思いません。なぜかというと、どうやって書いたらよいのかがわからないからです。

あんなことは、生まれながらの天才にしか出来ない、おそろしく複雑で精緻で、ほとんど魔術的な精神活動の結果だ、と思いこんでいるからです。しかもその上、館詰めになるための静かなホテルの一室と、署名入りの原稿用紙、モンブランの万年筆が必要だ、と信じ込んでいるからであります。

ここで、はっきり申し上げておきましょう。

物語には作り方があります。誰が読んでも面白いと思うストーリーにははっきりとしたパターンが存在するのです! その方法さえわかれば、誰にでも簡単に作れるのです。

近所の公園のベンチで30分もあれば、安売りチラシの裏側に、ちびた鉛筆で書き殴るだけで、人を惹きつけて止まないストーリーが構成可能なのです。

しかも、それはあなただけのオリジナル商品であり、仕入れ原価は0円。在庫調整の苦労もなく、一度作れば何度でも売れる。紙や映像や演劇、ゲームなどに2次利用もできるし、逆にネット上ではデータだけでも流通させられる素晴らしい商品なのです。

また、「物語の技術」をセールスレターに取り込めば商品を宣伝することにも使えるわけです。これは重要です。商品を売り込むための宣伝文案がインチキくさく、わかりづらく、読むに耐えないものだったとしたら、いったい誰がその商品を欲しがるでしょうか???

あなたの部屋のネタ帳に埋もれているそのアイデアこそ、宝の山かもしれません。小説や映画のシナリオ、あるいは漫画の原作になっていれば、来年の今ごろはもしかすると海の向こうでオスカーをとっているかもしれません。

ところが、アイデアの断片のまま放っておくと、いつしか忘れ去られ、闇の中に沈んでしまいます。しかし、思いついたアイデアを1本1本小説にしていては時間がいくらあっても足りません。だからこそ、短時間であらすじに「立ち上げて」おくことをおすすめします。

あらすじにしてストーリー性をつけておくことで、アイデアは整理され、体系付けられ、常に記憶の中で活性化している状態になります。完成形が小説であれシナリオであれ漫画の原作であれ、あらすじの段階まで出来ていれば、次の段階に進むのもたやすくなります。しかも、あらすじは作れば作るほど自分の力になるものです。

一日一本あらすじを作りましょう。たった一本のあらすじがあなたを救ける宝の山になることだってあるのです。一番もったいないのはアイデアを持ちながら忘れてしまうこと。何度でも言います。あらすじにしておきましょう。あらすじはストーリーを最適化してくれます。

誰かにモニタリングをお願いするときも、長編小説だと嫌がられますが、あらすじなら何本も読んでもらえます。死ぬ思いをして書き上げた小説。その評価に気を揉みながら半年も待つよりも、あらすじの段階で評判の良いものを次々に小説化していくほうが、はるかに効率的ではありませんか。

これからの世の中、作家といえどもマーケティングは大切です。自分の好きなテーマだけを書くのが理想ですが、実績を出したい人はそんな甘いことを言っていられません。市場のニーズを掴むことは非常に重要です。プロであり続けるとはそういうことなのです。

私が小説のコマーシャルを作る現場に20年間いてわかったことは、いわゆる「売れている作家さん」たちが、どんなに自分の作品のセールスに関して真剣に取り組んでいるか、ということでした。

ベストセラー小説の売上で上位にいる作家ほど、宣伝には厳しい制約を課しています。わざわざ自分で書いたコピーをスタジオにまでFAXしてきたり、小説本文からの引用しか許さなかったり、その方法は様々ですが、どの作家も非常に神経を使っていました。

中には「全く自由にやってくれていい」という方もいましたが、その作家は、コマーシャル1本ぐらいでは売上にほとんど影響しないほど、強力なマーケティングとセールスのシステムを作り上げていました。誰でも名前を知っている大作家でも、自著を売り上げるためにものすごく努力しているのです。それがプロの世界です。

もしあなたが漠然と「作家はかっこよくて楽そうでいいな」などと思っていたら、それは大間違いです。昔ならともかく、今は本当に厳しい時代です。1本や2本当てて一生食えるわけがありません。

プロ作家は「物語」というオリジナル商品を売る個人事業主なのです。まずは徹底した生産管理ができなければ成功はありません。なんとなく、ではダメなのです。

一日一本、あらすじを作ることで作品全体のイメージがいったん完成します。あとはそれを詳細に詰めて形にすればいいのです。探りながら書いていては時間がかかりすぎます。まずはあらすじでイメージを完成させ、あとはいかにそのイメージに近づけていくかということが大事です。

もちろん、趣味や気晴らし、研究目的で小説を書く人は、細かいことなんて気にせずに、思いつくまま気が向くままに書けばよいのですが、そのかわり、そういう作品を誰かが読んでくれると思ってはいけません。

あくまでも目標が「他人に読まれて面白かったと言ってもらえる作品作り」にあり、そして、そのことで利潤を上げようとするのなら、まず「あらすじ」から作り始めるべきです。

ぴこ山ぴこ蔵はそんなあらすじ作りをお手伝いします。

 


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娯楽を目的とする物語のテーマを決めるただ1つの条件とは?

エンタメ物語の創作は「読者に味わってもらいたい感情」を想定することから始まる。ただし、あれもこれもと欲張ってはいけない。1ストーリーに1テーマ。絞り込んで読者を集中させよう。

こんなご質問をいただきました。

「起承転結の構造についての質問です。起から承に移るタイミングは、主人公が事件に巻き込まれる切っ掛けと解説されていたように思ったのですが、それでは、

1.主人公がAという人物と出会う。
2.Aと徐々に友情を深めていき、やがて親友となる。
3.Aが行方不明になる。
4.Aを探すために主人公が行動を開始する。
5.障害が発生!

という流れにおいて、2番が重要な位置を占めるとき、それでも2番はまだ「起」の部分に含まれている、という認識で良いのでしょうか。それとも「事件」という字義を広く捉え、1番の「出会う」ことが「事件」であり、2番の「徐々に友情を深めていく」ことが展開部である、ということになるのでしょうか。となると実は3番ちょい手前にミッドポイントがあり、3番はミッドポイント後半の開始ということになりそうですが、うーん。 少し不安です。(Sさん)」

それではさっそくお答えしてまいりましょう。

1ストーリー1テーマ

さて、この物語は一言で言うと、

「主人公がAと友情を深めていき、やがて親友となる」話なのでしょうか?

それとも

「主人公が行方不明の友人を探す」ストーリーなのでしょうか?

なぜそんなことを聞くのかといいますと、この場合の最大の問題は、メインテーマを決めきれていないことにあるように思えるからです。

「1ストーリーには1テーマ」というのが物語作りの鉄則です。一句の俳句に入れる季語が一つであるようなものです。あれもこれも全部がメインテーマでは、まるで季語が二つある俳句のようになってしまい、イメージが混乱・分散する原因となります。

文学的に『テーマ』というと様々な定義があって分かりにくいので、対象を商業的な娯楽作品のみに絞ります。エンターテインメントを求める読者に味わってほしいのは「唯一極上のフィーリング」です。そこで、ここで言うテーマとは『読者に想起させたい感情』と解釈してください。

Sさんが読者に一番感じてもらいたいのは「真の友情を獲得する」場面の感動なのでしょうか? それとも「拉致された親友を奪還する」際に湧き上がる怒りなのでしょうか?

友情を獲得するストーリー

> 2.Aと徐々に友情を深めていき、やがて親友となる。

というのが最重要なのであれば、「友情の獲得」こそがメインテーマになります。映画『E.T.』なんかはそういう物語ですね。そこに決定的な悪は登場しないのです。

そうすると3以降は、「獲得した友情の厚さを確認する」ためと「クライマックスのエピソードとして何か派手なアクションがほしい」というエンタメ的な要請に従って作られることになります。

消えた親友を探しに行くことは、この物語の主人公にとって主要な目的ではなく、「E.T.における自転車チェイスのための理由付け」ぐらいの意味です。だから、ある程度、予定調和的な結末であることが大事です。

「主人公が親友を見つけ、変化する」というストーリーを作るのであれば、物語の3分の2の分量を占める『起』と『承』の全てを使って「二人の友情が深まるまでの話」をじっくりと描くべきでしょう。

そしてなんらかの『転』があって、「親友が拉致されて取り戻しに行く」というクライマックスに突入すればいいと思います。

友情を獲得するストーリーは本質的な構成としてはラブストーリーです。従って、無理に「敵のどんでん返し」を使うことはありません。ハナサカやアオトリなどの「目的のどんでん返し」を使うと作りやすいのではないかと考えます。

※参考記事

【目的】に仕掛けるどんでん返し「ハナサカ」

【目的】に仕掛けるどんでん返し「アオトリ」

また、その場合はむしろ「主人公がどう変化するか?」のほうが構成のカギになりますので、『主人公の成長』をしっかり設定することに力を注ぐべきでしょう。

親友を奪還するストーリー

一方、メインテーマが「拉致された親友の奪還」であるのなら『なぜその人と親友になったのか』という話はサブテーマです。

サブテーマにどのぐらいの文章量を割くかは別として、「親友になった経緯」はオープニングから『承』の始まりまでの中でさっさと処理してしまうべきです。

あるいは、逆にそのサブテーマを『謎』として読者の目から隠すという手もあります。その場合、1~2の要素はむしろ「承」の中の回想シーンで説明するといいと思います。

どちらにしても、できるだけシンプルに、主人公はのっけから「行方不明の親友を探す人」として登場するべきです。そして「事件のきっかけ」としては主人公自身が大変な状況に追い込まれることが重要です。

例えば、罠にかけられて警察に追われることになるとか。24時間後に爆発する首輪をはめられるとか。脱獄不可能とされる刑務所に収監されるとか。そして、その親友救出作業と並行して、「主人公はなぜ親友を探しているのか?」という謎が明らかになっていく。そんな構成にすると興味を持続しながら読んでもらえるでしょう。

また、親友が拉致されるわけですからそこには「悪」の存在が必要です。この「悪」の存在が、クライマックスシーンにおいて、主人公に大きく関係してこなければ、エピソードとして扱う意味はありません。

そのためには「誰が何のために親友を拉致したのか?」という設定がポイントになってきます。このあたりをじっくり練ることが必要であります。

復讐のストーリー

この質問では取り上げられていませんが、実はもう一つ、ドラマチックな動機として多用されるのが『復讐』です。日本人が大好きな『忠臣蔵』も、シェイクスピアの『ハムレット』も、『復讐』の物語です。おっと、藤子不二雄A先生の『魔太郎がくる!』も忘れてはいけませんね。

やられたからやり返す。大事なものを壊されたから相手の大事なものを壊す。仲間や家族を殺されたから犯人を殺し返す。二度と取り返せないものを失ったとき、人は絶望の中で怒りに身を任せます。

見事に復讐を果たしたときのカタルシスには大変なものがあります。しかし、どこかに虚しさが残るのが復讐物語の特徴です。いくら相手をやっつけても、失ったものは戻ってこない。そんな喪失の悲しみが常につきまとうのです。

しかし、それでも人は復讐の念に駆り立てられ、「仇をとる」という大義名分を掲げて、一途で孤独な戦いを始めてしまう……。この恨みはらさでおくべきか。そんな『復讐』は誰もが最も納得できる動機の代表格なのです。

メインテーマを明確に

ハートウォーミングな『友情』の話か? スリリングな『奪還』の物語か? はたまた宿命的な『復讐』の悲劇なのか? さあ、どれをメインにするかによってストーリー構成は大きく変わります。

エピソードの効率の良い連動性を考えるのなら、まずは最も大きなストーリーの流れから決めていかねばなりません。あれもこれも、ではなく、この物語ではまず何について語るのかを最終的に1つだけに絞りこんで考えてください。全ては『それ』の欠落から始まり、『それ』の獲得を目指して終わっていきます。

他に入れたい要素があったとしても、まずはメインテーマに沿った構成を優先して作り、その上でサブのテーマを乗せていくようにしましょう。

エピソードに優先順位を付ける。そして最高順位のものを『メインテーマ』とする。他のエピソードはメインテーマを生かすために選ぶ。

そのルールを先に決めることで、作る側にとっても読む側にとっても分かりやすいストーリーになるのです。くれぐれも欲張らないように。1ストーリーは1テーマに絞り込んでください。

獲得か? 奪還か? それとも復讐か?
あなたらしい動機を持った物語を作りましょう。

 


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新シーズンへの開幕切符~物語のリセット&リスタート

長期連載を狙うのであれば、次のシーズンにつなげるための伏線を張っておく必要がある。物語をアップグレードした際、論理的に破綻しないために、一段階大きな枠組で入念に準備をしておこう。

こんなご質問をいただきました。

長期連載の漫画など見ていて、たまに伏線の回収ができずにぐだぐだになるときがありますよね。出版社からの要望で人気のものは終わらせてくれないのも現状ですし、次々と展開していくうちにスケールが大きくなりすぎるというパターン。急に一本筋の通った道に新たなストーリーと付け加える、となったときはどのようにストーリーを展開すると前回よりも面白く深く、ちゃんとした筋道を立てることができるのでしょうか。

新しい登場人物を出し古い人物を消す

ストーリーラインは登場人物に付随するので、新しいストーリーを付け加えるためには、メンバーを入れ替えるか、あるいは「ゲスト」という形で発想するといいでしょう。

さて、ご質問はさらに続きます。

メインプロットはそのまま目的に突っ走り、その中で細かく区切って、その区切りごとに伏線とどんでん返しを繰り返していけばいいのではないかと素人考えをしているのですが・・・・;これは正しい考え方なのでしょうか。そして、もし目的を達成してしまった後に、さらなる新しいストーリーをつなげてほしいとなった場合は何を注意し、どのように作っていけばいいのでしょうか。

目的はリセットし、新敵は「少年ジャンプ」式のどんでん返しで投入

こういう長期連載スタイルには独特のつなぎ方があります。目的を達成したらそのエピソードは終わりますので、次の目的を発見しなければシリーズは継続できません。

「リセット」と「リスタート」が必要なのです。

目的のリセットといえば、集めると願いをかなえてまた飛び散ってしまう、あの「ドラゴンボール」の仕掛けが思い浮かびます。

「所有者はどんな夢でも一つだけ実現出来るが、再入手には苦労する」

こういうアイテムがあれば何度でも目的を再設定できますね。また他にも「少年ジャンプ」が誇るメガヒット作品には……

敵を打倒 → 友達になる → その上部組織が新たな敵として登場

――という黄金パターンが繰り返されていることは有名です。

最大の目的を達成しないままにしておいてこの「繰り返しどんでん」を使うには、ちょっと考えただけでも……

◆当面の敵が、より大きな敵の支配下にあること
◆敵がその上部組織によって非人道的な命令を受けていること
◆主人公が倒した敵を感動させること

――などの前提条件をあらかじめ用意しておかねばなりません。つまり、長期連載のための大きな型を作っておくことが大事なのです。新キャラが出てくるたびにこれらの伏線を張っておくことで、目的を達成したら次の展開に支障なく移行できるようになります。

また、新シーズンでいったん引っ込めた旧キャラを「復活」させ、前シーズンでは語られていなかった真実を暴露させるという技もあります。この場合には「お、お前はあの時に死んだはずでは!?」みたいな『ないある型どんでん返し』を使うと効果的でしょう。

※『ないある型どんでん返し』の参考ページ

どんでん返しはどこにある?
補足:「あるない型」のどんでん返しについて

具体例は、それこそヒット作品に豊富に提示されておりますので、とくに「新章開始」の回を中心に注意深く読んでみてください。

先人の名作の構造を読み解くことは、お宝だらけの洞窟に足を踏み入れるようなものであります。自分の疑問点を明確にした上で何度も何度も読み返して、徹底的に分析することをお勧めします。

もちろん「ただ読むだけ」では絶対に分かりません。ストーリーの流れを詳細にノートに書き起こすこと。そして、伏線を拾い出しては結果との関連を明らかにすること。

とくに大事なのは、自分がどこに「感動」したのかを具体的に把握すること。

最終的には、その仕組みを他人に解説できるように原理を抽出し、自分の作品に当てはめてその「感動」を再現してみることが重要です。

 


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ジャンルからの脱獄~SFのオチについて

SFとファンタジーの境目が曖昧になりつつあるが、ジャンルによって異なる形式美を味わいたいファンにとっては、ここはこだわりのポイント。SFの伝統的なオチにおける制約から新しい地平を探る。

こんなご質問をいただきました。

舞台が現代の世界でSF長編を書くときに、どんなどんでん返しがありますか? 何か『これはっ!?』というどんでん返しがありましたらヒントだけください。SFなので、ある程度制約無く思いつく事はあるとは思っているんですが、ぴこ蔵さんのアイディアがほしいのでどうが妙案を下さい。(Jさん)

ぴこ蔵です。

私が言う「どんでん返し」は人間ドラマを生み出すための構成上の工夫です。原則的にSF用やミステリー用や時代劇用といった区別はありません。ジャンルに関係なく、そこに秘密の暴露による人間関係の変化があることが大事です。

そんなどんでん返しとは別に、SFには、伝統的な技術として「オチ」というものがあります。どんでん返しが「Aだと思ったらBだった」という驚きであり「枠組の破壊」であるのに対して、「逆転」や「二面性」を利用し意外な結末とくっついて最後の最後に新たな問題を生み出すのが「オチ」です。他のジャンルではあまり長編に「オチ」はつけませんが、SFではオチのある長編は名作として高い評価を受けます。

Jさんの作品に必要なのは、むしろこの「オチ」なのではないでしょうか。

ただし「SFなので制約がない」とは言えません。SFではどんな突拍子もない出来事も近代以降の科学的ルールに則って説明できなければならないのです。簡単にいえば、宗教上の神様や悪魔が登場してはいけません。「神とされてきた存在」とか「悪魔的な生物」として科学的に説明できるものならOKです。「魔法」もNGです。それはファンタジーになります。「超能力」であれば、生物学的に説明できるものに限りOK。「神通力」はSFでは認められません。スパイダーマンやハルク、キャプテンアメリカはSFの範疇ですが、マイティ・ソーは神話ですからファンタジーです。

最近はこのボーダーラインがずいぶん掴みにくくなってきてはおりますが、それにしても「ジャンル固有のテイスト」にこだわるファンにとってはやっぱり重要です。また、あえて水と油のジャンルを融合する、あるいはジャンルからの脱獄をはかるという刺激的なチャレンジの楽しみも存在します。

例えばチャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』のようなSFとミステリを掛けあわせた作品に出会った時、私たちの固くなった脳に突如として新しい回路が出現し、見たこともない風景を目にするわけです。常識を禁じ手でスマートに破壊する。タブーを鮮やかに破る。これぞ読書マニアの法悦ではありませんか。

そんな意味も含めまして(笑)、長編SFで言えば、ぴこ蔵がいちばん好きなオチはアーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わり』のアレです。歴史的名作であり、すでにご存知だとは思いますからJさんのヒントになるかどうかはわかりませんが、実に壮大なオチです。腰が抜けます。疲れが取れます(笑)

どうせなら、ぴこ蔵なんぞの貧しいアイディアではなく、こういうスケールのでっかい、ウィットに富んだ作品を読むことによって刺激を受けていただきたいと思います。

 


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「青春小説」の書き方について

こんなご質問をいただきました。

僕には書いてみたい小説があります。それはいわゆる「青春小説」と呼ばれるジャンルです。とくに橋本紡(つむぐ)さんの『半分の月がのぼる空』は僕が小説を書いてみたいと思うきっかけになった作品です。

エンターテインメントとして青春小説を書いてみたいのです。あからさまな敵は出てこない(僕が見落としているだけかもしれませんが)主人公たちはただの高校生などであり、なにも特殊な設定はなく、日常を描いているだけなのにグイグイ引き込まれる。感動を与える、そんな青春小説です。

僕も考えてみたのですが、どうにも上手くいきません。青春小説を書く上で、何かコツやテクニックなどはないでしょうか。(Hさん)
続きを読む

スランプの時は物語のゴールを確認する

こんなご質問をいただきました。

私事で恐縮なのですが、何だか最近行き詰まってしまい、これは本当に面白いのだろうか? という負のスパイラルに陥っている気がします。そんなときぴこ蔵様はどうなされていますか? (Iさん)

ぴこ蔵です。
負のスパイラルかー、確かにありますよねえ。

私の場合、どうしても書けないという事態は、理解していない、納得していないことを無理やりやろうとした時、その面白さが分からないことによって引き起こされます。

納得できないから集中できない、自分が面白くないから自信が持てない。

自分自身の経験から言えば、これは大体の場合、ストーリーの先が見えないせいで描くべきエピソードの優先順位が決められないためではないかと思っております。

ゴールを見つけること

最初の一行目から順番に書いていく方法を取る場合でも、作者の中では、物語の結末が早い段階で見えているものです。まずはゴールを決めましょう。道順を書いた後で、行きたいのはここじゃなかった、と気づいたらあらためて書き直せばいいのです。

どんなものでも楽して作れるわけがありません。ましてや魅力あるものなんてそんなに簡単には出来ません。脳みそを絞って、苦労に苦労を重ねて、やっと手にすることが出来るのです。

自分が書きたい物語世界を隅々まで設定しようとする人がいます。暇と根性があるならそれも構いません。好きな対象のディテールを夢想するのは楽しい作業です。

あるいはこういう方は、素材の力を重要視するあまり、世界のどこに何があるのかがはっきり認識できないと何も始められないのではないかと思っているのかもしれません。

でも、そうじゃない。

物語を語ることは、あなた自身を描くことです。あなたが世界と対話することなのです。例えそこに世界の全てがデータ化されていたとしてもあなた自身の視点がなければ意味は成立しません。

物語を作るのに必要なのは地図ではありません。必要なのはあなたの「目」です。

つまりあなたの選択と決定によってスタートからゴールまでの道順を描くことです。そのスタートとゴールの地点を決めるのはあなたなのです。

新鮮な気持ちを取り戻すこと

また、物語作りの訓練も筋肉トレーニングと一緒で、基礎体力が付いてきたらそれに見合ったぎりぎりの負荷をかけていくわけです。そうしないと成長はありません。仮筋を使って簡単なあらすじをまとめるぐらいでは、本編を作るという地獄の作業に耐えられるだけの体力が培われないのです。

最初は誰もが燃えて勉強を始めます。負荷が軽いうちは、どこまでも歩き続けられるような気がします。

ところが、やがて負荷となる課題が難しくなってくると脳が疲れてきます。疲れると、好奇心が衰えて、喜びが消えていきます。ここで大事なのは「基本に立ち返る」ことです。

自分が言いたいことよりも読者が読んでみたいことを優先して書く。そのために作者はまず、良い読者である必要があります。自分の好きなジャンルの作品ばかり読んでいては視野が狭くなって、新しい発見が出来ません。

私の試したスランプ脱出方法の中で有効だったのは、これまで読まず嫌いだった小説やマンガ、名前も知らない監督の映画を鑑賞することでした。もう一度、頭の中を好奇心でいっぱいにしてやること。そして、良い読者として、再び物語を好きになることがリフレッシュにつながったように思えます。

そんな感じです。

 


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「主人公のどんでん返し」ってあり得るの?

こんなご質問をいただきました。

「主人公が死んだと思っていたら、生きていた」というのは、どんでん返しタイプで言うとどこに属するものでしょうか? 敵が死んだと思っていたら生きていた、というパターンの亜種ということでしょうか? それとも、どんでん返しにはならないのでしょうか? (PN 水戸のご老公)

ぴこ蔵です
素晴らしい! いい質問ですねえ! さすがはご老公様じゃ、ありがとうございます。まず結論から申し上げますと「主人公は死んだと思ったら、実は生きていた」というパターンでは、「どんでん返し」にはなりません。

もちろん、ストーリーの分析には「これが正解!」というものはありませんので「主人公のどんでん返し」という分類も条件次第ではあり得るのかもしれません。

しかし、ぴこ蔵流には「どんでん返しから物語を作っていく」という独特の枠組があります。ぴこ蔵流の物語創作術における「どんでん返し」とはストーリー全体の構造を決定付ける「扇の要」なのです。

そんなぴこ蔵流の手順に沿って創作しようとすると「主人公が死んだと思っていたら、実は生きていた」という仕掛けにはどんでん返しのタイプとしては奨励しづらい理由があります。

なぜでしょうか?

「敵のどんでん返し」においては、基本的にここからクライマックスが始まり、ここで回収することを前提に伏線が敷かれます。(「目的のどんでん返し」では少しタイミングがずれます)

どんでん返しは、オープニングにもエンディングにも強い影響を与えるターニングポイントなのです。

そんなぴこ蔵流の手順に沿って創作しようとすると実例の仕掛けを「どんでん返し」であると認定するにはなかなか難しいものがあります。

その理由が2つありますので説明していきましょう。

どんでん返しにならない理由その1

その理由の一つは、どんでん返しが成立したその瞬間、ストーリー上では新たな問題が発生しなければならないということです。

どんでん返しが発動した時、信じていた世界の枠組ががらがらと崩れ落ち、そこまでの流れとは全く異なる展開が始まるのです。

突然、死んだと思い込んでいた怪盗が姿を現したら名探偵はとにかく気を取り直してそいつを捕まえなければならないわけです。必死に探していた目的物が実は存在しなかったことが分かったら探していた人は、これからどうするかを早急に考えなければなりません。

新たな問題の発生。だから読者もパニックに襲われるわけです。とんでもない展開に焦ってしまうわけです。こうやって枠組を破壊し、新たな危機が訪れることによってクライマックスの幕をドラマティックに引き開けるのもどんでん返しの重要な役割の一つなのです。

ところが、「主人公が死んだと思っていたら生きていた」ということになるとそこまでは概ねいい感じで(笑)危機が世界を覆っていたのに、一気に逆転楽勝ムードに支配されてしまいますよね。

その後の展開が「これで主人公が勝てる!」というイケイケモードに突入してしまうわけです。つまり……

クライマックスシーン、悪事の達成を前にして喜ぶ悪党。しかし、その時、死んだはずの主人公が現れた!

「お、お前は死んだはずでは……」
「馬鹿め! 悪事を粉砕するために、俺は地獄から蘇ってきたのだ」

……と、いう感じの流れになります。

主人公が死んでいなかったことによって一番びっくりするのは「敵」である対立者であります。で、問題はこの後です。たいてい、生きていた主人公の活躍により悪は滅び、問題は無事に解決されるわけです。

このように、主人公の目的達成の障害になっていた問題が解決される場合、そのどんでん返しは「敵どんでん」の亜種でも「目的どんでん」の亜種でもありません。

分かりやすくするためにあえて名前をつけるとすれば、主人公の「切り札」ということになります。切り札」とは物語のクライマックスにおいて主人公が問題を解決するための方法です。

たとえば、主人公が何かのトリックを用いることにより、「主人公は死んでしまった」と敵を油断させておいて倒すわけです。

『主人公が死んだと思っていたら生きていた』という、形としてはどんでん返しに良く似ている仕掛けですが、「切り札」の機能や目的は大きく違います。

「どんでん返し」が難題を発生させることを目的とするのに対して「切り札」は問題解決を目的とするからです。

主人公の生還が「問題解決」を促すケースが多いことを考えると、『主人公が死んだと思ったら、実は生きていた』という仕掛けは主人公にピンチをもたらす「どんでん返し」としては用いにくい、ということが言えると思います。

どんでん返しにならない理由その2

もう一つの問題は読者の心理的な抵抗です。

「主人公が死んだ」という前提を読者の心情に即して考えた場合、どんでん返しとして成立させるためにはあまり効き目があるとは言えません。

なぜなら、「主人公の死」というトリックを読者が完全には信じないからです。そもそも読者は、常に、主人公が死なないことを前提に読んでいます。本当に死んだ場合でも最後の最後まで疑っています。せっかく感情移入した(つまり愛している)主人公の死をなかなか受け入れてくれないのです。「絶対生き返ってくれるはず」と思っています。

名探偵シャーロック・ホームズは宿敵モリアーティ教授と格闘した挙句滝に落ちて死んでしまったということになっているわけですが、これをよしとするシャーロッキアンは世界中に一人もいないと思います。

「ホームズが死ぬわけがない」のであります。一時的に行方不明になっているだけで必ずまた登場すると信じているのです。愛読者と言うのはそういうものです。あしたのジョーは死んだのではありません。「燃え尽きて灰になった」のです。ですから、ライバル力石徹のお葬式は盛大に開かれましたがジョーの葬式は行われていません。

人気のある歴史的ヒーロー、例えば、源義経や坂本竜馬もののドラマをやる時は「彼らを殺さないでくれ」というメッセージが日本中から届くほどであります。

読者は主人公の死を望みません。したがって、死んだと言われる主人公が「実は死んでいなかった」というどんでん返しを発動したところで読者を驚かせる効果は薄いものになります。「ほらやっぱり」という事になってしまうからです。

読者はそうなることを信じて待っていたわけですからある意味で当然の展開にすぎないのです。自分を投影し感情移入している読者はなかなか主人公の死を受け入れないのであります。

主人公が生き返った時点で読者は喜んではくれるが、あまり驚きはしないわけです。なぜなら読者は、そもそも前提である主人公の死を全く受け入れていないからです。むしろ常に主人公が生き返ってくることを望み、心のどこかでそれを待っているのです。これでは「衝撃のどんでん返し」とはなりませんね。

結論でございます

ぐだぐだいろんなこと書きすぎたので本論だけもう一度、整理しておきましょう。

Q:「主人公のどんでん返し」はどんでん返し足りうるのか?

A:以下の理由から、基本的に私は「どんでん返しのパターン」としてはお勧めしません。

どんでん返しの成立要件は以下の通り

(1)どんでん返しはクライマックスの直前に起きる
(2)枠組みを壊し、新たな次元の問題を提示する。
(3)クライマックスに導入する。

まとめますと、このどんでん返しが成立するには、主人公が生きていたことによって枠組みが壊れ新たな問題がが発生するかどうか、が大きなポイントです。

しかし、大体の場合「主人公が生きていた」という状況は、そのことによって敵をやっつけるなど問題解決のために使われることが多いため、むしろこれは「切り札」であると言えるでしょう。

また、これが物語の最後に来れば「意外な結末」となります。どんでん返しではありません。

主人公とは何か? という定義も大事

例えばトマス・ハリスの小説「レッド・ドラゴン」の中心人物はまぎれもなくレッド・ドラゴンですが、主人公というのは、読者と立場を同じにして同じ謎を解明し、同じ問題を解決していこうという方向性を持っている存在なわけです。

ところがレッド・ドラゴンは謎を撒き散らし、問題を発生させるばかりです。

したがって、レッド・ドラゴンは主役ではあるが主人公ではないと言えるのです。

読者がストーリーの中である問題を追いかける上で、同じ運命を感じ自己を投影し、物語に身を任せるためのガイドが主人公です。「主人公が死ぬ」というトリックを使う場合、その間は主人公の視点は消失するので、主人公の一人称だけでは絶対に語れません。

主人公の視点が消えた瞬間に物語が終わるわけですから。

そんな時はホームズに対するワトソンのように語り手を設定して、主人公の視点が消失しても大丈夫なようにするわけです。

この高く厚い壁に果敢に挑戦するのはすばらしいことだと思います。トリックのひとつとしてこういうスタイルはあるのでしょうが、ただ、作り手側から見た場合はなかなかむずかしいのであります。

そんな理由で「主人公が死んでいると思ったら生きていた」は、汎用的などんでん返しのタイプとしては積極的に勧めにくいと言えます。

 


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物語のクライマックスはどう作ればいいの?

Rさんからこんなお悩みが届きました。

今描いてる話があって、結局盛り上がりとか最後のオチが読めちゃうんですよ。彼と上手くいってない主人公。他の子と仲良くしてるのをみて、彼が信じられなくなる。そこで占い師から恋愛に効くブレスレットを買うが、本当に効いちゃって、彼氏がストーカーになってしまい、殺されかける。 (えらいダークだな) 彼を信じる事でブレスレットの効果が解かれ、彼の心を取り戻すって感じなんすが、ちょっと無難過ぎてオチが読めるんですよねー。

ぴこ蔵です
なるほど。ヒロインは道具を使って男の心を操作するわけですね。うーん、ずいぶん調子のいい女(笑) その天罰として「彼氏がストーカーになっちゃう」という展開はとっても面白いですね!

彼の心を取り戻す、という結末は予定調和でいいと思います。読者もそれを期待しているはずです。ただ、「彼を信じる気持ち」を絵にするのがけっこう難しそうです。

同じく「ブレスレットの呪いが解かれる」くだりをいかにドラマチックに表現するか。これらをいかに視覚化するかがポイントだと思います。このままだとクライマックスに問題が出ます。

例えば――

●主人公が「彼を信じるのよ!」と独白して、 目を閉じて祈る

●彼氏が突然「うぐっ」と言って気を失い、目が覚めると「どうしたんだ俺? ここはどこ?」などと言ってまともになる

――みたいに、
アクション的に物足りないシーンになってしまいかねません。

「オチが読める」というよりも「よく見るシーンなので『またこの手かよ!』と読者に飽きられる」と言った方がいいのではないでしょうか。

クライマックスを強烈で具体的なアクションで構成するのが大切です。例えば、ブレスレットの魔力を食い止める「切り札」をあらかじめ用意しておくとクライマックスがうまく運びます。

まずは「切り札」を考えてみましょう。そして「切り札」を手に入れることによって、ブレスレットの呪いを断ち切るためには「信じること」が必要だという情報がわかる設定にすれば話がうまく転がると思います。

また、タイムリミットを強調することでぐっと盛り上がります。例えば「鬼ごっこで鬼に捕まる」というのがタイムリミットです。

つまり、クライマックスは、殺人ストーカーと化した彼氏から逃げ回りながら「切り札」を手に入れたヒロインが一か八かの行動に出るという展開にするといいでしょう。

具体例を作ってみましょうか。ではちょっと不思議で、軽くダークに行ってみよう!

<クライマックスの例>

この場合「切り札」は「彼を信じなさい」という情報を持っていなければならないのでメッセンジャーとしての役割も一緒に負わせます。「しゃべれる存在」であったほうが効率がいいわけです。

しかし、普通の人間がこの不思議なブレスレットの秘密を知っているとなるとその関係の説明にまた手間がかかります。そこで、「このブレスレットの本当の持ち主」というか「魔力の源泉」である存在を設定してみました。

▼例えば…「切り札」は「幽霊」

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

ヒロインは夕暮れで無人となった校舎を逃げ回りながら音楽室にたどりつくと、無人のピアノが曲を奏で始め「切り札」である『幽霊』が現れます。

そして幽霊はそのブレスレットが実は自分のものであること、呪いを解くためにはある行動を取る必要があることを語ります。

その行動とは、階段の上から「彼氏」に向かって身を投げること。信じていれば出来るはずだと幽霊は言います。

「誰も信じられなくなったから私は死ぬしかなかったの。信じる勇気がなかったことを今はとても後悔しているわ。だからあなたには信じてほしい。自分の恋を貫く勇気を持ってほしいの」

意を決したヒロインは階段の上で、ストーカーと化した彼氏を待ち伏せし、彼が姿を現した時、思いきってダイブするのです。その瞬間、ブレスレットが光を放って砕け散り、我に返った彼氏はヒロインの体を抱きとめます。

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かなりドラマチックになりますね(^^ なにしろクライマックスですからね。このぐらいやらないと読者は面白がってくれません。

「切り札」は物語の最初の方でさりげなく紹介しておくことが大切です。このあたりの伏線も凝ると楽しいですね。

例えば
「音楽室に女生徒のお化けが出る」「お化けは『ラベンダー畑』という曲が好き」「ピアノでその曲を弾いていて幽霊を見た人がいる」みたいな噂。(曲は著作権の問題がありますので架空のものがいいでしょう)

ついでにタイトルもその曲名にからめるとぐっと練られた感じになります。内容はホラー仕立てではありますが、「恐怖のブレスレット」とかの直接的な題名よりも「ラベンダー畑でつかまえて」みたいにちょっとズラした方が味わい深いと思います(^^;

●意外な結末

クライマックスが終わったら意外な結末を作りましょう。

「意外な結末」とは「新たな問題の発生」です。例えば、砕け散ったはずのブレスレットが元通りに復元されていつの間にか「占い師」のお店でまた売られており、それを手に取った女の子が興味深そうに見つめている……。

以上です(^^
お粗末でした。

 


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